題名から容易に想像できるように、これはオペラの歴史を綴ったものです。
著者はカナダの音楽家でジャーナリスト、音楽関係の著書も数多いのですが、なかなかのユーモリストで文章の端々に面白味を感じます。
オペラを形作ったと考えられるイタリアのモンテヴェルディから始まり、時代ごと地域ごとに作曲家一人一人についてその出生から音楽家としての成長、そしてオペラ作曲について描いていきます。
最後はプッチーニ、その後に若干の付け足しはありますが、まあ事実上最後のオペラ作曲家でしょう。
必ず記述されているのが作曲家の本名、そして父親と母親の職業。
さらに結婚していればその相手の描写もあります。
もちろん音楽についても十分にユーモアたっぷりに記していきます。
オペラ初期には付き物のカストラート(声を守るために少年時代に去勢した男性歌手)については多くの音楽史書ではあまり正面から触れないようにされていますが、この本では十分に細かく記述しています。
ハイドンはオーストリア東部の村で車作りの職人の子として産まれたのですが、少年時代から教会の合唱隊で歌っており素晴らしい声の持ち主だったそうです。
そのため、合唱隊の指導者から声を守るために去勢をするよう勧められたのですが父親が即座に断ったとか。
紙一重の運命でした。
ヴァーグナーは好き嫌いの分かれる人でしょうが、この著者もかなり嫌いなようです。
その超大作「指輪」については、「そう、それこそが指輪なのである。この連作オペラが延々と続く苦行が終わるころすっかり疲れ切った聴衆が作曲者ヴァーグナーの首根っこを締め上げたくなるので、このオペラにリング(Ring 指輪とWring締め上げるとは同音異義語)という題名が付けられているのは当然である」と書いています。
題名になっている「太ったレディが歌う」場面は多くのオペラで見られるものですが、特に象徴的なのがプッチーニの「椿姫」のラストです。
「おそらく小さなゾウさんみたいな堂々たる体躯のご婦人が舞台に登場し、自分がこのまま衰弱していかに死を迎えるかを説明する長大な歌をビンビン響かせるシーンに遭遇することになる」
このシーンから「オペラは太ったレディが歌うまで終わらない」という表現を先人たちは作り出したのかもしれません。
なお、1853年3月にヴェネツィアで行われた「椿姫」の初演は大失敗となりました。
テノール役がひどい風邪を引いたために声が悪く、肺病を患うヴィオレッタ役のファニー・サルヴィーニ・ドナテッリは堂々たる体躯でたくましく、いかにも健康そうに見えたので彼女が歌うたびに劇場内は爆笑の渦と化したそうです。
他にも多くのオペラ作家たちの面白いエピソードが満載です。