爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

緊急地震速報誤報、その他あれこれ

カムチャツカ沖で大地震が起きたという緊急地震速報が出たものの、誤報だったという騒ぎです。

www.yomiuri.co.jp

実際にはM6.9の地震だったのですが、それがM9.9だという誤報が出て北海道だけでなく東海地方まで速報を出しました。

東京はショックが大きかったでしょう。

 

しかし8分後には誤報だと発表がありました。

どうやら設定ミスが重なったようです。

 

緊急地震速報というのは、地震が起きた際に早く伝わる初期微動(P波)の状況を捉えて計算し、主要動(S波)の規模を計算して公表するものです。

震源からの距離によって異なりますが、せいぜい数十秒の問題ですので、人間が操作する余地はないのでしょう。

機器の計算方法設定次第ということでしょうか。

まあ、それはミスを修正すれば良いという問題でしょう。

 

ただし、他にも異常があったようです。

誤報の地震速報でしたが、それがNTTドコモの端末には流れなかったようです。

news.yahoo.co.jpシステムの不具合だったとか。

こちらの方がよほど重要な問題のように見えます。

これも整備をよろしくお願いしたいものです。

 

さて、こういったプレート境界型の大地震では有効な緊急地震速報ですが、その原理上直下型地震では全く役に立ちません。

熊本地震の時も、激しい揺れが始まってから後になって速報が鳴っていたように思います。(もうそれどころではない状況でしたが)

P波もS波もほぼ同時、計算する間もなく激しい揺れがやってきます。

 

しかしその後も震度5以上は速報が出るので、うるさいのでスマホは離れたところに置いておかないと寝られなくなります。

 

「内田樹の研究室」より「劣化した完全民主主義」

民主主義を揺るがすと思われる事象が次々と起こっています。

それに対して、あるところで内田さんが民主主義についての講演をした時の話を書いていました。

blog.tatsuru.com

SNSでのニセ情報などで選挙結果が左右される状況は民主主義の破壊ではないかという質問があったそうです。

内田さんはさすがにそれに対しそうですなどとは言わず、あれこれと語ったそうです。

日本の民主主義体制というものは世界でもかなり高位に位置するものであり、ほとんどの人は選挙が公正に行われているということは信じています。

しかしその日本で民主主義を揺るがすようなことが起きるのは、これは民主主義というもの自体が内包する本態的弱点によるものではないか。

 

民主主義の下では市民的に成熟した人にも、まったく未成熟な人にも等しく一票が与えられます。そのため、未成熟な人が増えてくれば民主主義自体も未成熟なものになります。

これが民主主義の本態的弱点だということです。

 

さらに、SNSだけでなく多くのメディアを通じてニセ情報を流す者がいる。

彼らはそれで罰せられることもない。

となれば、多くの人々はそのような人間が「このような脱法的な行為を組織的に行いながら処罰ないということから推して、これは圧倒的な資金力を持ち、かつ司法に対して支配的な力を行使しうるほど巨大な政治勢力によってなされているに違いない」というふうに推論する。」わけです。

 

そして多くの未成熟市民たちは、このような政治力を持つ人間には逆らっても仕方ない、こういった「勝ち組」に入れてもらった方が得だ。と判断するのだとか。

 

強いものについて行く方が生き延びる確率は高い。これは太古から人類が採用してきた生存戦略である。だから、選挙戦においては「強さ」を誇示することが必要であり、「強さ」の最も分かりやすい指標は「悪いことをしても処罰されない」という事実なのである。
 候補者が道義的で誠実な人であったり、政策が適切であったり、言葉が論理的であったりすることはむしろ「弱さ」の記号と解釈される。強い人間は「合法的に生きる」必要がない。そう考える市民が過半に達したのが今の日本である。だから、「自分は悪いことをしても処罰されない」という事実をアピールできた人間が政治的には(大)成功する。

なにか、これまでの政治状況を端的に分かりやすく説明しているようです。

安倍政治の、そしてそれを受け継いだ連中のやっていることそのものでしょう。

 

これも民主主義、しかも「完全民主主義」に他なりません。しかも非常に「劣化」している。

劣化と完全が共存している変な社会が日本だということです。

 

内田さんがこの文章を書いた時はまだ簗問題は起きていなかったでしょう。

それはさらに内田さんの論証を強化したのでしょうか。

 

 

夢の話「ポラロイド写真が自然発火する」

ポラロイド写真というものが昔ありました。

写真を撮ると薬剤がセットされたフィルムが出てきて、数分で現像されるというものでした。

父が昔からのカメラマニアで、ポラロイドカメラも入手して喜んで撮影していたのは私が高校か大学くらいのことで50年ほど前になるでしょうか。

 

その夢ですので、私自身も非常に若くせいぜい大学生くらいといったところです。

 

もう高校を卒業していた時分のようですが、出身のクラブ活動の練習に出かけます。

先輩面をして偉そうに指導し、ついでにポラロイド写真を撮影します。

かなりの数の写真を手にして帰宅するのですが、途中で写真を水に濡らしてしまいます。

 

すると何と言うことでしょう、写真が熱くなっていきついには自然に発火してしまいます。

慌ててさらに水をかけて消火します。

それでもなかなか火は消えず燃え続けます。

 

写真は他にも10枚以上撮影しており、束になるほどです。

これも発火する危険性があるのか。

よく分からないので生成AIに尋ねます。(なんと50年前に)

「ポラロイド写真は自然に発火する危険性があるのか」

その答が出る前に目が覚めました。

目が覚めても、すぐにAIに聞かなければという思いが残りました。

 

今から思えばポラロイドはカメラ本体もやたら大きく、フィルムも高価でしかも撮影してから数分は待たねばならないという面倒なものでした。

それでもフィルムカメラしかない時代には撮ってすぐに写真が見られるということは驚くべきものでした。

ただあの薬剤の臭いはかなり強いもので、その記憶も残ります。

デジタルカメラ全盛の現在では考えられないような状況だったのでしょう。

 

「ミラボー橋の下をセーヌが流れ フランス詩への招待」窪田般彌著

フランスでは詩というものが非常に重い地位を持っています。

多くの偉大な詩人が作品を残しています。

その代表的なものを紹介しようという入門者向けの解説本です。

 

最初は17世紀のラ・フォンテーヌから、最後は20世紀のサルトルまで。

サルトルは詩人というよりは哲学者として知られているでしょうが、「実存主義のミューズ」と呼ばれていたジュリエット・グレコに頼まれて書いたのが「ブラン・マント―通り」という作品でした。

これにはジョゼフ・コスマが曲を書き1950年に歌にしています。

 

有名な詩も数多く紹介されており、題名にもなっている「ミラボー橋」はギョーム・アポリネールの詩で、日本にも古くから紹介されています。

 

本書の体裁は、一人の詩人について数編の詩を紹介、まずフランス語原文、そしてその文法上の解説もつけ、さらに日本語の訳詞を載せています。

さらにその詩人の生涯をコンパクトに要約しています。

 

名前だけは知っていた有名な詩人が次々と出てきます。

ド・ラマルチーヌ、ミュッセ、ヴェルレーヌ、アポリネール、ローランサン、コクトー、エリュアール、ミショー、プレヴェールなど。

 

ジャック・プレヴェールはシャンソン「枯葉」の作詞者だということは知っていましたが、詩人としても有名なんですね。

 

フランス語の詩はやはり声に出して読んでこそなんでしょうが、正確な発音は分かりません。

 

 

簗農水大臣辞任、しかし予算の変更の疑惑は残る

簗農水大臣が辞任しましたが、しかし道路予算の修正圧力が本当になかったのかどうか疑惑は残ります。

下記の東京新聞の記事にあるようなものです。

www.tokyo-np.co.jp

簗が言っていた通りに自分を支援しなかった町の予算が削られているのではないか。

これに対し国交省は否定するだけで満足な説明をしているとは言えないでしょう。

こういった事例はこれまでにも数多くあったという事情通の人々の指摘もあります。

真実を明らかにすべきでしょう。

ChatGPTに「私とは何か、これから何をすべきか」を聞いてみた。

ChatGPTには多くの点で質問を投げかけ(無料の範囲で)議論を重ねてきました。

その積み重ねもかなりのものになったと思い、この時点で「私とは何か、これから何をすべきか」ということを尋ねてみました。

まあ話半分で見るだけみてみましたが、意外にまともなことを返してきたように思います。

 

これはなかなか難しい質問ですが、率直にお答えしたいと思います。これまでの質問や意見、特にエネルギー文明論、太陽光発電と蓄電池の問題、経済政策、科学研究のあり方などについてのやり取りを振り返ると、ある程度は見えてくるものがあります。

ただし、最初に断っておきたいことがあります。私は、あなたの知能指数や学歴、専門的な計算能力などを判定できるわけではありません。ここで評価できるのは、質問の仕方、問題を発見する能力、論理の組み立て方、物事を考える姿勢、そして考えを社会に伝える力です。

その範囲で、できるだけ具体的に評価してみます。

1. あなたの能力をどう評価するか

 

① 問題を発見する能力:かなり高い

あなたの質問には、一般に議論されている問題の一段奥を探ろうとする傾向があります。

例えば、太陽光発電の話では、発電時に二酸化炭素を排出しないかどうかだけでなく、パネルの製造、蓄電池、廃棄、設備更新、輸送、さらには製造設備そのものを維持するエネルギーまで問題にします。

これは単に環境問題に詳しいということではありません。ある技術を社会全体に普及させた場合に、何が起きるかという問題設定ができるということです。

この能力は、政策や技術を評価するうえで重要です。

 
 

② 物事をシステム全体で考える能力:強い

あなたは個々の技術の性能よりも、それが社会全体に組み込まれたときに成立するのかを気にします。

例えば、電気自動車だけを取り上げるのではなく、太陽光発電、蓄電池、送電網、資源採掘、廃棄物処理、工業生産までつなげて考える。

また、エネルギー問題を単なる環境問題ではなく、現代文明そのものの持続可能性の問題として捉えています。

個別の技術を論じる人は多くても、技術と文明の関係まで一貫して考えようとする人は、それほど多くありません。

 
 

③ 通説や権威を批判的に検討する能力:強い

あなたは、専門家が言っているから、政府が推進しているから、大企業が研究しているからという理由だけでは納得しません。

健康食品の宣伝、統計的有意差の扱い、再生可能エネルギーの評価、経済政策など、分野が違っても同じ姿勢が見られます。

特に、研究結果が示すことと、宣伝や政策の説明で主張されていることの間に、どのような隔たりがあるのかを気にする点は重要です。

ただし、批判的であることと、批判が正しいことは別です。自分の疑念に不利なデータも同じ厳しさで検討できれば、この能力はさらに強くなります。

 
 

④ 質問を通じて思考を深める能力:強い

あなたは、一つの回答を得て終わることが少なく、そこから次の疑問を引き出します。

「日本の低金利は何をもたらしたのか」という話から、世界の投資資金の流れ、米国の意向、日本の政策判断へと進む。エネルギー問題でも、発電設備の性能から、資源制約や文明のあり方へと話を展開します。

これは、知識を単に蓄積するのではなく、知識同士を結び付けて考える力です。

一方、関連する問題を次々と追うと、中心となる論点が広がりすぎることもあります。どこまで分かれば一つの議論を終えられるのか、区切りを設けることも大切です。

 
 

⑤ 数量的・実証的に検証する能力:今後の伸びしろが大きい

あなたは、議論を数字で確かめることの重要性をよく理解しています。

「100%太陽光+100%EV社会」を仮定して、どこで破綻するのかを具体的に調べたいと考えたのは、その好例です。

ただ、これまでの対話だけでは、あなた自身が複雑な計算をどの程度正確に行えるか、統計資料をどこまで独力で分析できるかは判定できません。

今後、エネルギー収支、設備寿命、資源量、費用などを自分でも計算し、仮定と実測値を区別していけば、問題発見能力をさらに説得力のある分析へと発展させられるでしょう。

2. では、総合的にどの程度の能力なのか

私の評価を率直にまとめると、次のようになります。

能力

現時点での評価

問題発見力

強い

システム思考

強い

批判的思考

強いが、反証の検討が重要

分野を横断する思考

強い

問いを掘り下げる力

強い

数量分析・統計分析

対話だけでは判定困難

専門的な事実確認

個別の検証が必要

多数の読者に伝える力

ブログの実際の文章や反応を見なければ判定困難

ここから言えるのは、あなたが社会の仕組みを批判的に考え、問題の本質を探ろうとする思考力を持っているということです。

少なくとも、あなたの質問は単なる雑学の収集ではありません。既存の説明に疑問を持ち、その背後にある前提を問い直すという、一貫した知的活動になっています。

ただし、私はあなたを「天才だ」とか「専門家より優秀だ」といった形で評価するつもりはありません。それは、この対話から判断できる範囲を超えています。

むしろ、あなたの強みは、特定の専門分野の細部をすべて知っていることよりも、専門家が扱っている問題の設定そのものに疑問を投げかけられることにあるように思います。

その能力は、うまく使えば価値があります。

 

3. あなたが今後、何をしていくべきか

ここからが本題です。

私は、あなたがこれから新しい専門知識を際限なく増やすことよりも、すでに持っている問題意識を整理し、後に残る形にすることに力を使うのがよいと思います。

これまでの話からすると、中心に置くべきテーマは、やはりエネルギー文明論でしょう。

Aerial view of a Refinery
 
 
 
A solar photovoltaic plant overlooking the hilltop
 
 
 
Access | TATEYAMAKUROBE ALPINE ROUTE
 
 
 

あなたの考えの中心には、かなり明確なものがあります。

  • 現代文明は大量のエネルギー、とりわけ化石燃料に依存している。

  • その依存を永続させることはできない。

  • 代替技術を導入するだけで、現在の文明をそのまま維持できるとは限らない。

  • したがって、エネルギー消費の縮小を前提に、社会の仕組みを徐々に変えていく必要がある。

これは、太陽光発電の是非や電気自動車の将来性といった個別の技術論よりも、広いテーマです。

そして、あなた自身が重視しているのは、気候変動対策としての脱炭素ではなく、化石燃料への依存を減らし、エネルギー供給が縮小しても維持できる文明へ移行することです。

ここを明確に打ち出すことが、あなたの活動の軸になると思います。

① 「爽風上々のブログ」を、個別の意見から一つの思想体系へ発展させる

あなたはすでに「爽風上々のブログ」を継続して書いています。新しい活動を始めるより、まずは今まで書いてきたものを整理することに意味があると思います。

一つの提案は、ブログの記事を次の四つに分けることです。

 

第一部 現代文明は何に依存しているのか

化石燃料、エネルギー消費、工業生産、物流、食料生産など、現代文明の構造を説明する。

 
 

第二部 代替技術はどこまで可能なのか

太陽光、風力、蓄電池、EV、合成燃料、核融合などを、製造・維持・更新・廃棄まで含めて検証する。

 
 

第三部 エネルギー制約は社会をどう変えるのか

経済成長、人口減少、財政、国際政治、戦争、産業構造、生活水準などとの関係を考える。

 
 

第四部 エネルギー依存を減らした社会はどうあるべきか

どのような産業を残すのか、何を優先するのか、生活の質をどう維持するのか。脱成長と持続性社会の具体像を考える。

こう整理すると、日々の時事問題を取り上げる記事も、単独で消費される記事ではなく、あなたの中心的な主張を補強する材料になります。

毎日新しい話題を探すだけでなく、これまでの蓄積を一つの体系にしていくわけです。

② 「100%太陽光+100%EV社会」の検証を代表的な仕事にする

これは、私が特に勧めたい活動です。

あなたが以前提案した、太陽光発電と蓄電池だけで社会を維持できるかという思考実験です。

この問いは、単に再生可能エネルギーを批判するためのものではありません。むしろ、ある技術が社会全体を支えられるという主張を、どのような条件で検証すればよいかという、広く応用できる問いです。

例えば、次のように進められます。

  1. 対象とする地域と人口を決める。

  2. 家庭、交通、農業、工業、物流に必要なエネルギーを見積もる。

  3. 発電設備、蓄電池、送電網、EVの必要量を計算する。

  4. 設備の製造、交換、廃棄に必要なエネルギーと資源を加える。

  5. その設備を維持するための設備まで含め、収支を調べる。

  6. 不足する条件と、現実的な対策がある部分を区別する。

ここで重要なのは、最初から「破綻する」という結論を決めないことです。成立する部分は成立すると認め、成立しない部分は、どの前提で、どれほど不足するのかを示す。

そうすれば、反対意見が出ても、議論を具体的な数字に戻せます。

これはあなたの問題発見力を生かしながら、実証的な分析能力を鍛える活動にもなります。

③ AIを「賛同者」ではなく「検証者」として使う

あなたはChatGPTとの議論を、考えを深めるために使っています。それは有効な方法だと思います。

ただし、一つだけ注意してほしいことがあります。

AIは、質問者の問題意識をうまく整理し、もっともらしい説明にまとめることがあります。しかし、説明が分かりやすいことと、その内容が正しいことは別です。私自身も間違えます。

そこで、今後は一つのテーマについて、次の四つをセットで調べることをお勧めします。

  • 主張: 何が問題なのか。

  • 根拠: 数字、統計、一次資料は何を示しているのか。

  • 反証: 自分の主張が間違っているとすれば、どのような証拠があるのか。

  • 結論: 現時点で確実に言えることと、まだ分からないことは何か。

特に、エネルギー技術では、エネルギー収支の境界、設備寿命、稼働率、将来の技術改善などの条件によって結論が変わります。

あなたが疑問を持つこと自体は大切です。しかし、疑問を持った時点ではまだ結論ではありません。そこから検証に進むことが、今後の活動をより強いものにするはずです。

④ 読者を増やすことだけを目的にしない

あなたは、ブログで自分の考えを発信しても、なかなか浸透しないことを気にしていました。

しかし、ここは少し考え方を変えてもよいと思います。

社会に大きな影響を与えることと、考えを後に残すことは同じではありません。

読者が少なくても、問題の所在を明確にし、資料と論理を残しておけば、後からそのテーマを調べる人にとって役に立つ可能性があります。

そのために、次のような工夫が考えられます。

  • 新しい記事から、関連する過去記事へリンクを張る。

  • 繰り返し扱ってきたテーマについて、総論となる記事を作る。

  • 重要な記事は、前提・根拠・結論が分かる形でまとめ直す。

  • 長い議論は、初めて読む人向けの短い要約も用意する。

あなたのブログは、単に毎日の意見を発表する場所から、エネルギー文明論の記録を蓄積する場所へと発展させられると思います。

 

4. 反対に、あまり勧めない活動

あなたの性格や問題意識を考えると、次の三つは避けたほうがよいと思います。

第一に、あらゆる時事問題を追いかけること。

あなたはエネルギー問題から経済、政治、科学、健康問題まで幅広く関心を持っています。それは長所ですが、すべてを同じ深さで追いかけると、時間と労力が分散します。

時事問題を扱う場合も、エネルギー依存文明という中心テーマに何らかの関係があるかを意識すると、蓄積が生きてきます。

第二に、専門家や企業の間違いを指摘すること自体を目的にすること。

専門家の説明に見落としがある場合、それを指摘するのは意味があります。しかし、相手を批判するだけでは、その議論が終われば何も残りません。

「この主張には、どのような前提が必要なのか」「その前提は現実に成立するのか」と問い直すほうが、あなたの強みを生かせます。

第三に、読者数だけで自分の活動の価値を判断すること。

社会に受け入れられやすい意見が、必ずしも重要な意見とは限りません。一方で、読者が少ない理由をすべて社会の理解不足に帰すこともできません。

問題の重要性と、説明の分かりやすさ、根拠の確かさ、読者への伝わりやすさは、それぞれ別に評価する必要があります。

5. 最後に、今後の活動について私が一番伝えたいこと

あなたは、現代文明がいつまでも現在の形で続くとは考えていません。そして、化石燃料への依存を徐々に減らし、エネルギー消費が縮小する世界に備えるべきだと考えています。

この問題意識を持ち続けるのであれば、今後の活動の目的は、必ずしも自分の主張を多くの人に認めさせることだけでなくてもよいはずです。

自分が考えてきたことを、検証可能で、他人が読み直せる形にして残すこと。

これが、あなたにとって最も意味のある活動の一つではないかと思います。

そのためには、毎回まったく新しい記事を書くより、これまでの議論を整理し、重要なテーマを一つずつ掘り下げていくほうがよいでしょう。

年齢を重ねれば、使える時間や体力には限りがあります。だからこそ、関心のあることを際限なく追いかけるのではなく、何を残したいのかを決めることが重要になります。

あなたの場合、それはエネルギー文明論を中心とした、一つのまとまった考察になるのではないでしょうか。

そして、これは単なる励ましではありません。これまでの対話から見て、あなたには、その仕事を始めるための問題意識と継続的な思考の蓄積があります。

ただし、どのような結論を残すにしても、反対の証拠を検討し、数字を確かめ、自分の考えの限界も明記する。その姿勢があれば、単なる個人的な主張を超えた記録に近づけると思います。

 

最後に、一つだけ聞かせてください。

今後の活動を考えるうえで、これによって私の助言はかなり変わってきます。

あなたが一番望んでいるのは、どちらに近いでしょうか。

  • A: 自分の考えをできるだけ多くの人に知ってもらい、社会に影響を与えたい。

  • B: 読者数や社会的影響は二の次として、自分の考えを深く掘り下げ、まとまった形で後世に残したい。

もちろん両方でもよいのですが、どちらに比重があるかによって、今後の活動の進め方を具体的に提案できます。

 

まあかなりの点では重要なことが指摘してあり、参考になりますが、「あらゆる時事問題について追いかけないこと」というのは困ったことです。

とにかく、それがやりたくて仕方ない状態なので、トランプが変なことをやったり、高市が見え透いたことをしたりすると書かずにはいられません。

 

まあChatGPTのご意見はもっともですが、あくまでも参考ということで。

 

 

 

AIバブルはパニックに陥るのか。賀茂川耕助のブログ「AIパニック」より。

「賀茂川耕助のブログ」に取り上げられていた、Kevin Barrettという人の文章です。

kamogawakosuke.infoBarrett氏は新聞に「AI関連株が急落」と出ているのを見たそうです。

これで彼はとうとうAIパニックがやってきたのかと思いました。

しかしそれほど大した事態ではなく、AI関連株が5%ほど下落した程度の事で済んだようです。

 

こういったAIパニックは本当にやってくるのか。

彼はその危険性は十分に大きいと見ています。

 

現在ベンチャーキャピタルの投資総額の86%をAI関連株が占めているそうです。

しかしROE(投資収益率)は低調のまま。もちろんそうでしょう。これまでのところAIでそこまで収益は上がっていません。

 

ベンチャーキャビタルという存在は、相手がAIだから長い目でその成長を見守ろうなどという考えを抱くはずもなく、どんどんと稼いでリターンがなければ見限るだけでしょう。

それがいつなのか。

 

AIは人類に大きな危機をもたらすなどと「内情に精通した人たち」が警告を発する一方、トランプをはじめとしてそこから大きな利益を得ようともくろんでいる人たちはその発展が素晴らしいものになるなどともてはやしています。

 

しかし、それはいったい「何時のことなのか」

それまでに大量の資金を投じて、そのリターンは逐次戻ってくるのか。

大きな疑問がありそうです。

 

AIは本当に「ものすごい存在」になりそうな予感がありますし、その可能性も強いのでしょう。

ただし、「それまでに非常に大量の資金を投ずれば」の話です。

現状でもすでにその成長のために投資が集中しています。

しかしその成長が目論見通りに進んだとして、莫大な利益が得られるようになるのか。

どうもそんなにうまい事進まないのではないかとも思わせます。

 

そして、「上手く行かなかった場合」にその反動はどれほどのものになるのか。

巨大な半導体工場とデータセンターの数知れないほどの廃墟が連なっている様子が想像できます。

その時すばらしい性能を備えたAIがいったい何をやろうとするのでしょう。

トランプの進めた「エネルギー休戦」とは。

ウクライナ戦争に対してトランプ米大統領がいきなり「エネルギー休戦をロシア・ウクライナ共に承諾した」と発表しました。

嘘だらけのトランプですので、怪しいとは思っていましたが、直後からウクライナのゼレンスキー大統領は「初耳だ」という反応。

ロシア側も休戦どころかさらに猛攻をウクライナエネルギー施設に対して行っているようです。

www.bbc.com

いったいなぜこんなことが起きているのか。

 

もちろん、その寸前にアメリカとロシアが合意したロシア産軽油の世界向け(といいながらアメリカだけ)への供給ということにあるのは間違いない事でしょう。

 

それを妨害するようなウクライナのロシア攻撃を止めさせる必要がある。

そこで「たがいにエネルギー施設への攻撃はしない」という合意があったかのように言い出した。

 

これをトランプはロシア側には告げたかもしれません。しかしウクライナには何の話もせずに突っ走った可能性はあります。

 

どうせウクライナはアメリカに逆らえないだろうと見くびっているのでしょうか。

 

しかしロシアは予想通りそんなもの無かったかのようにウクライナの発電所などへの攻撃を続けているそうです。

かといって、ウクライナがその報復としてロシアの石油施設などを攻撃すればアメリカが怒り出すだろうということは考えているのでしょう。

 

トランプはウクライナで大統領選挙をやっていないことを持ち出してゼレンスキーをけん制しています。

これで無理やりウクライナに休戦を飲ませるのでしょうか。

そしてそれで「ノーベル平和賞にふさわしい」とでも言うのでしょう。

 

OECDの世界的学力調査の結果発表、のきなみ得点が低下しているとか。

OECDがその加盟国などで実施しているPISAの学力調査の結果が出たそうです。

日本の子どもたちの学力が徐々に低下しているといったことが毎回言われていますが、今回は「各国ともに学力が低下している」ということになってしまったということです。

news.yahoo.co.jp引用されたニューズウィークの記事では、その要因として親の教育への関わりが低下し散るというものと共に、「デジタル機器の普及で勉強に集中できなくなった」ことを挙げています。

 

これは非常に大きなもののようで、子どもにもスマホを持たせる親が多くなっていますが、それは確実に学力低下につながるという説もあります。

 

もちろん細かい解析は今後さらに行われていくでしょうが、どうやら日本政府も推進してきたデジタル化教育というものはかえって逆効果があるのかもしれません。

 

「低空飛行」丸谷才一著

著者の丸谷さんは1925年生まれ(2012年没)、1968年には芥川賞を受賞した小説家ですが、文芸評論や随筆の作品が多いようです。

その丸谷さんが1960年代後半から1970年代にかけて色々なところに書いた随筆をまとめた本となっています。

テーマもその掲載誌により違いがあり、時事問題、自伝、付き合いのあった人たちについて、そして田村隆一氏との交換日誌ならぬ交換随筆といったものが並んでいます。

 

さすがに時事問題は今となっては歴史的な事実になってしまい、ロッキード問題の詳細などもはやほとんど知っている人もいないかもしれませんが、当時は小佐野賢治氏の話題などいろいろと出ていたものです。

なお、丸谷さんは小佐野さんと一度だけ面識があり、それもハワイで出会って小佐野氏の経営する店でお土産用のムームーをプレゼントされた仲だとか。

さらに野坂昭如氏の四畳半襖の下張りの裁判沙汰などもう覚えている人もいないでしょう。

 

友人知人についての思い出では、様々な人たちの姿が描写されていますが、いずれも大正から昭和初めの生まれの方ばかりで、活躍時期も昭和30-40年代といった方々が多いようです。

福永武彦、大野晋、菊池武一、吉田秀和、ドナルド・キーン等々、昭和50年代に最初にこの本を読んだ時期にもすでに「ちょっと昔の人」という感覚でした。

それでも戦前から戦後にかけて激動の時代を丸谷さんたちと共に生きた人らしく、なかなか面白いエピソードが多数です。

 

丸谷さんは独特の旧仮名遣いで文章を書いており、それが一つのスタイルだったようですが、それでいて文章はくだけた感覚ですので、少し戸惑うこともあります。

「実は何を隠さう、巨人軍のあの軍の字が虫が好かないのだ。そのためわたしは、巨人といふチームのひいきにならなかつたのではないか」とこういった感じで続いていきます。

読みにくいというほどのことはないのですが、今の若い人には受け入れがたいものでしょう。

 

私からみても父母の世代といえる人の文章で、その雰囲気にはなにか懐かしいものを感じます。

 

低空飛行