爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「内田樹の研究室」より、「『コロナ後の世界』文藝春秋まえがき」

内田樹さんのブログ「研究室」で、出版される本のまえがきと言うことで掲載されていました。

blog.tatsuru.com

既に発売になっているのかどうか、同じような書名がいくつもあって分かりません。

 

しかし、この「まえがき」の部分だけでも感じる言葉がありました。

 

「人々がどんどん不寛容になり、”言葉が尖ってくる”」そうです。

たしかに、多くの問題で論争が起きていますが、そこでは冷静な議論などは無く感情的な罵り合いということが多いように見えます。

 

内田さんが例に引いていたのが、かつての左翼の内部での争いでした。

ともに革命を目指すはずの仲間同士で、「はしなくも階級意識の欠如を露呈した」などという文句で罵倒し合っていたということは、私も学生時代によく目にしたものです。

そして、同様の事態がその後もフェミニズムポストモダニズムの中でも起きていたということです。

 

それが全社会に拡大してきたと言うことでしょうか。

 

それに対し、「ダイバーシティインクルージョン」(多様性と包摂)という標語も言われています。

しかし、こちらには内田さんは「上から目線・中から目線」を強く感じてしまいます。

「多様性を認めて包摂してやろう」という考え方が、初めから自分を「包摂する側」に置いているから上から目線になるのだと。

しかし、ここで「はしなくも、無自覚な優位性・内部性を露呈し」などと言ってしまうと元の木阿弥なので言わないということですが。

 

それに対して内田さんが言っているのが「親切にしましょう」です。

なにやら小学校の標語みたいですが、日本人が今もっともできなくなっていることだということです。

「こどもでもできることを大人ができなくなっている」

それが現在の日本です。

 

どうも、私のブログの書き方もあまり「親切」ではないので、ちょっと反省してみましょうか。

 

コロナウイルス変異株はどこへ行くのか。

インドで変異したと言われるコロナウイルス変異株、デルタ株というのが感染力が非常に強いということで、流行のウイルス株がどんどんデルタに置き換わっているということです。

 

このため、日本では爆発的感染増加が起きそうな状況ですが、いったんはほぼ制圧したと言われる中国でも再びの感染拡大が懸念されているようです。

 

www.bbc.com

このデルタ株は感染力が非常に強くなったということが言われていますが、重症化などの病原性については強くなったという報告もあるものの、まだ分からないようです。

 

ウイルスでは増殖の際の遺伝子の変異を起こす確率が非常に高いため、どんどんと変異が進むのは当然です。

インフルエンザでもAとかBとか言った変異型がたくさんあることはお判りでしょうし、ワクチンも効かなくなる変異株があるということも知られています。

 

新型コロナウイルスの場合は今のところまだワクチンが効かなくなるというところまでの変異では無いようですが、心配されるところです。

 

さて、遺伝子増殖の際の変異発生というものは狙って起こるものではなく偶然、様々な種類の変異が起きます。

そのほとんどはウイルス自体の生存にマイナスのもので、増殖もできずに消えてしまうものがほとんどでしょう。

しかし、その無数の変異株の中にたまたまプラスの方向になる変異をしてしまうものが出てきます。

それがもしも「感染力増強」という方向に起きれば、ウイルスにとっては強力なパワーを持ったようなものです。

この「感染力増強」というのは、一つの性質ではなく多くの性質が重なったものです。

したがって、感染力増強変異株といっても多くの性質を持ち、その中でもっともすぐれている者が残るのでしょう。

 

さて、「変異株の毒性が強くなるか」という問題です。

実は、感染力増強と毒性強化とは関係が無いと考えられます。

したがって、もしも毒性強化の変異株が見つかったとすれば、それは感染力増強した変異株にさらに毒性強化の変異が重なったということでしょう。

そう言うことが無いとは言えませんが、変異株だから恐ろしいということも言えません。

 

今までの多くのウイルスでは、変異を繰り返して感染力は増強される一方、毒性は弱くなるという変異の方向性が見られます。

これはウイルス流行のパターンを考えれば分かることで、もしも強毒化し感染者がすぐに重症化して死亡してしまえば、ウイルスの増殖にはマイナスに作用します。

弱毒化し感染してもその感染者の活動がほとんど制限されないほどであれば、どんどんと感染が広がることになります。(ただし、せいぜい鼻水が出る程度の”ただの風邪”)

その方がウイルス変異株の増殖にとっては有利であり、その方向に変異したウイルス株の方が遺伝競争で勝者となるわけです。

実際に、現在の「ただの風邪」を引き起こすウイルスはこのような変異の道をたどってきたのではないでしょうか。

 

この新型コロナウイルスもやがてはこの方向に進化していき、人間とそこそこ平和な関係になると思いますが、それがいつになるか。

そこまで社会が持つかどうかの不安が強そうです。

 

探せばすぐ出てくるニュース「中国の安いソーラーパネルは石炭火力で作られている」

太陽光発電ソーラーパネルは中国製が圧倒的に安いため、世界のマーケットを支配しています。

しかし、その中国製ソーラーパネルは実は安い石炭火力発電による電力で作られているという話です。

jp.wsj.com

記事はウォールストリートジャーナル日本版で、有料会員でなければ全文が読めないという代物ですが、最初の部分だけでも十分意味は分かります。

 

その部分での論調は、価格が安いために世界中を席巻している中国製ソーラーパネルは実際は安い石炭火力発電で作られているので、その二酸化炭素排出はかなり多量になるということです。

 

そんなことはどうでも良いのですが、色々と参考になることがあります。

 

まず、石炭火力発電のコストは非常に安いということ。

中国の石炭は国内生産がほとんどでしょうが、輸送費こそかからないものの、採掘コストがそれほどまで安いとは思えませんので、やはり石炭火力発電自体の経済コスト、エネルギーコストは非常に低いということを如実に表しています。

 

さらに、いくら「再生エネルギー」などと言っても実際は化石燃料をたっぷりと使って作るしかないのだということもはっきりと示しています。

 

つまり、これからも隠れて石炭火力発電を十分に使いこなしていく中国は経済的にも有利になるということです。

 

ヨーロッパの国からの締め付けがきついからと言って、簡単に石炭火力を廃止などと言っていると結局は中国の敵では無いということでしょう。

 

まあ、「やはりそうだったのか」という感想なんですが。

 

「昔ばなし あの世とこの世を結ぶ物語」古川のり子著

「桃太郎」や「花坂爺さん」といった昔ばなしは、全国各地で少しずつ形を変えながら語り伝えられてきました。

その内容は中には古事記日本書紀といった古代の神話に原点があるものもあり、この世とあの世、当時の世界観といったものが残っているものもあります。

 

この本では、代表的な昔ばなしのどこにそういった古代の世界観が残っているか、学術的な解析で説明されています。

 

まずは「桃太郎」

桃太郎が桃から生まれたことになっていますが、古代中国に源流を持つ「桃信仰」というものが影響しています。

中国では崑崙山の西王母が持つ仙果が桃だということになっています。

桃は生命力の象徴であり、女性の生殖力と結びついていました。

 

犬、猿、雉の従者たちも、それぞれ古代から非常に人々と結びついていた動物から選ばれています。

犬は古事記の神話でもあの世からこの世へヤマトタケルと導いたとされています。

彼らに与えたのが「キビ団子」ですが、これも出産時や結婚時に食べることでその家と結び付けられる「産飯」という風習の意味が共通しているものです。

犬・猿・雉のように人間と深い関係にある動物とは言え、野生を取り戻すことが無いとは言えません。

彼らを忠実な家来として使うためにもキビ団子という「この世の飯」を食べされるということが呪術的な意味があったようです。

 

その他の昔ばなしにも、それぞれ古代から続く呪術的な内容が残っているようです。

伝えられてくる中で徐々に元の意味は忘れられたのでしょうが、延々と続いているものだということでしょう。

 

 

オリンピックにおける性別判定の話。テストステロン濃度

リスク学者永井孝志さんの、「リスクと共により良く生きるための基礎知識」は永井さんが夏休みということで通常のリスクに関する話もお休みなのですが、それに代わってちょうどオリンピック開催中ということで、オリンピックにおける出場選手の性別判断という話題が掲載されていました。

nagaitakashi.net

ニュージーランドの重量挙げ選手が、女子として出場しますが実はトランスジェンダーであったということで、他の選手が反発しているそうです。

多くの種目で男女別とされており、特に問題となるのが女子競技に実は男子という選手が出場する場合でしょうが、これまでも数多くの問題がありました。

 

しかし、そもそも普通の人々の認識とは違い、男女の性別というものはそれほどきれいに区分されているものではないようです。

 

オリンピックでの性別判定の歴史というものは、1936年のベルリン大会で女子として出場した選手に疑惑が持ち上がったというところから始まっています。

1964年の東京大会でもかなりの女子選手に疑惑があったということですが、その後検査を実施するようになります。

方法も最初は目視検査!

その後、メキシコ大会から染色体検査が導入されます。

しかし、これも周知のとおり男性がXY型、女性がXX型などと言っても多くの異型があり、それほどすっきりと区別できるものではありません。

そのため、数多くの紛争を引き起こしてしまいます。

 

そして、2012年のロンドン大会になって、男性ホルモンであるテストステロンの血中濃度を測定するということになりました。

 

テストステロン濃度が10nM  以下であることというのですが、これは「性別を決定する」ということではなく、あくまでも「女子選手としての出場権を決める」と考えるべきだということです。

 

女性の場合テストステロン濃度は0.12-1.79 nMであるのに対し、思春期後の男性の場合は7.7-29.4 nMであるとされています。

 

 しかし、それが適用されるとすぐにまた問題となる事例が出現し、スポーツ仲裁裁判所での判定となってしまいます。

 

その後、国際陸連ではこの濃度基準は5nMに引き下げるとしているのですが、オリンピックではどうなったのでしょう。

 

なお、トランスジェンダー選手の出場要件というものはすでに決められています。

2003年には次のように決まりました。

性別適合手術を受けてから2年以上が経過していること
②十分な期間のホルモン療法が検証可能な方法で行われていること
③新しい性が法的に承認されていること

ただし、性別適合手術については国により状況がかなり異なるため、2016年からは次のように実質的にテストステロン濃度だけで決められています。

性自認が女性であること
②テストステロン濃度が10nM以下であること

ただし、この濃度は国際陸連の基準に合わせて引き下げられる可能性もありそうです。

 

しかし、上記の数値のように男性でもテストステロン濃度が低い人は居るようで、そういった人が「自分は女性だ」と言い張れば女子競技に出場できるのかという問題も出てきます。

 

これからも多くの紛争が持ち上がるのでしょう。

それなら男女の区別も止めてしまえとするわけにも行かないだろうし。

難しい話です。

 

 

「三国志入門」宮城谷昌光著

宮城谷さんは中国の春秋戦国時代などを題材とした小説で活躍されてきましたが、若い頃の読書は三国志演義から始まったそうです。

しかし小説と実際とは違うと思い三国志の正史を読むようになり、さらに時代を遡って春秋左氏伝へと移り、長い間三国志の時代からは遠ざかってしまいました。

 

その後、三国志の時代へと興味が戻り、色々と調べ、その時代の人々を描いた小説も書きました。

宮城谷さんの調査は非常に細かいところまで及ぶようで、史書の記述でも疑問を感じたら深く調べていき、さらに記録がないところは想像を働かせています。

それで小説は史実とは少し離れても人間の実生活を感じさせる描写となってきます。

 

この本では、三国志演義の記述をざっと紹介した後は、史実として残っているところからの描写を、主要人物、有名な戦闘を対象として行い、さらに三国志から生まれた言葉も紹介しています。

 

演義では劉備は主人公の一人として非常に素晴らしい人物のように描かれていますが、実際のところはそうでもなかったということは言われます。

その生涯を見ていくと、「まったく恩返しをしていない」ことが分かるそうです。

自分を育ててくれた母に何をしたか、それがどこにも書かれていません。

また、若い頃に学を志し遊学した際に学費を出してくれた劉元起にどう報いたかということも触れられていません。

どこにも記述が無いということは、何もしなかったということを示しています。

橋玄を生涯の恩人として尊崇し、子孫にまでそれをさせていた曹操とは違うところです。

これを宮城谷さんは「劉備は棄ててゆく人だった」と表現しています。

それはいわば「薄情な人、恩知らず」ということですが、そうとばかりも言い切れないところが不思議なところです。

なお、黄巾の乱が始まる以前から劉備は若いものを集めて義侠の集団を作っているのですが、関羽張飛もすでにその頃からそこに属していました。

つまり「桃園の誓い」は全く無かったことのようです。

 

諸葛亮孔明)の出生、前半生についてはほとんど分かっていません。

父の諸葛珪は泰山郡の丞となったことは分かっています。

それが諸葛亮5歳くらいのことのようです。

しかし8歳の時に泰山のある青州や徐州の黄巾の徒が反乱を起こしました。

この討伐に関わって、父は戦死したかその後すぐに病死したのではないかというのが宮城谷さんの推察です。

というのが、諸葛亮が良く口ずさんでいたのが「梁父吟」という歌だったということですが、この梁父というのが泰山のすぐ南の小山の名で、そこは多くの墓地があるからだということです。

その後諸葛亮と弟の均は叔父の諸葛玄に養われました。

そして叔父は袁術により予章郡の太守となることを命じられ、諸葛亮と弟を伴って赴任するのですが、戦乱に巻き込まれて亡くなってしまいます。

諸葛亮はそのために襄陽の付近で隠棲することになったのではないかという推察です。

諸葛亮は政治外交の才能はあったものの、軍事の才能は全く無かったようです。

そのため、蜀の宰相となった後も魏との戦闘の際馬謖のような口だけの軍略も見抜けませんでした。

 

中国の歴史の中でも良く知られているように思える三国時代ですが、やはりかなり不明な部分を残しているようです。

 

 

ようやくコロナワクチン2回接種

さきほど、かかりつけの病院に行きコロナワクチンの2回目接種をしてもらいました。

 

65歳以上ですがかなり遅くなったようです。

しかし、まあ一応これで感染したとしても重症化はかなり防げるということでしょう。

 

1回目接種の後はその日の夜から接種部分が少し痛み、翌日まで約1日間続きましたが、発熱や倦怠感といったその他の症状は無しで済みました。

しかし、2回目の方が副反応が強くなる例が多いということなので、この後どうなるか。

もしもブログ更新が遅れるようなら何らかの影響があったのかもと思ってください。