本書副題にもあるように、ミュージカルといえば登場人物がセリフをしゃべっている内に突然歌いだすというのが話の種にもなっています。
しかし考えてみれば普通の映画でもバックに音楽が流れているものが多いのですが、実生活でそのようなBGMが流れている状況というものはありません。
ミュージカルは世界各国で作られていますが、やはりアメリカが本場という感覚があります。
実際に現代のミュージカルに直接つながるものは、ヨーロッパで生まれた歌劇と大衆的な娯楽ショーをもとに19世紀のアメリカで作られました。
そのようなミュージカルについて、歴史とその表現法を探っていきます。
映画にはBGMというものが流されますが、これは場面とは無関係な「オフの音」です。
映画の場面の中で演奏されるような場合は「フレーム内の音」または「インの音」です。
しばしば例に出されるものとして、映画「タイタニック」で沈没前の弦楽四重奏団の演奏の描写がそれを示します。
スクリーン内の演奏者たちは場面の中で演奏していますがそれは「インの音」です。
しかし映像はやがて沈没する船の中を逃げ惑う人たちに移りますが、それでもどの弦楽四重奏の音はながれ続けています。つまり、「インの音」から「オフの音」へ連続的に移り変わることで場面の劇的効果を高めています。
音楽を取り入れた劇というものは、伝説的には古代ギリシャの悲劇まで遡ります。
しかしもちろんその実態については正確な伝承はありません。
ところが17世紀にオペラを生み出した人々はギリシャ悲劇を復活させるという思いを持っていたようです。
そのように生み出されたのがオペラというジャンルとも言えます。
だからこそ、最初から「レチタティーヴォ」と「アリア」を持つ構成にされていました。
そのような芸術的な高貴なオペラが出来上がるとほぼ同時に、商業オペラというものも発生しました。
18世紀になると上流のものはオペラ・セリア、格下のものはオペラ・ブッファと呼ばれどちらも隆盛していくこととなります。
詳しいオペラの歴史は置くとして、その後グランドオペラと共に商業オペラから派生したオペレッタ、ミュージックホール・レビュー、そしてアメリカではミンストレル・シューやボードビルといったものが人気を集めていきます。
この商業的なものがその後アメリカン・オペレッタ、ミュージカル・コメディとなり、それがミュージカルにつながっていきます。
ミュージックホール・レビューはパリに渡ってもその英語名のまま流行し、フォリー・ベルジュール、ムーラン・ルージュなどが有名なホールでした。
このようなレビューはさらにアメリカに渡り1920年代には世界中に広まりました。
日本の宝塚歌劇団が1927年にレビューを始めたのもこの流れの一つでした。
1920年代という時代は、このようなレビューに加え、保守的なオペレッタ、ミュージカルコメディも流行する中、新しい娯楽として映画も勢力を伸ばすという大変な時代だったとも言えます。
その後、アメリカではミュージカルがブロードウェイと映画の両方で流行することとなります。
しかし音楽としての流行はその後ロックンロールの方に移ってしまい、ミュージカルを支える音楽は流行おくれのイメージが付きまとい、全体としてのミュージカルの勢いも失くしていきます。
それが80年代になりジーザス・クライスト・スーパースターの大成功でミュージカルも息を吹き返します。
その担い手はヨーロッパ勢だったのですが、それを「メガ・ミュージカル」と呼ぶこともあります。
基本的な特徴としては、全編を歌で通すというものです。
ただし、その当時の舞台はそういった新しいミュージカルにとってはやりづらい技術的な課題がありました。
まだその登場人物すべてにワイヤレス・マイクを付けさせることが難しかったのです。
オペラからミュージカルへ、そしてその舞台でワイヤレスマイクが使えるようになるということは、その出演者たちの発声方法も根本的に変えてしまうということになりました。
マイクのない舞台では、客に聞こえるような声を出さなければならず、クラシックの様式化された発声法で歌うしかなかったのですが、徐々に「語るように歌う」ことができるようになったのはマイクのおかげでした。
その結果、繊細な表情をつけて歌うような演技力が求められるようにもなります。
ミュージカル映画は見ていて楽しいものですが、その奥にこの本に書かれているような多くの事実が隠れているというのは知りませんでした。