日本でも有数のロシア通と見られる佐藤さんなので、ロシアのウクライナ侵攻以来解説や対談でいろいろと忙しいのでしょうか。
この本では池上彰さんとの対談でロシア情勢や歴史などについて語っています。
なお、題名の「10年戦争」というのには2つの意味があり、一つはこの戦争はまだまだこれから10年も続くかもしれないということ、そしてもう一つは実は戦争が始まったのは2年前ではなく10年前からですでに10年経っているということを表しています。
この本の主要な部分は、プーチンが論文や演説で語ってきたことの全文を読み込みそこに込められている意味を見ていくというものです。
その論文・演説は7本あり最初は1999年の論文、以降は2021年からと最近のものになります。
なお本書巻末にはその7本に加えてウクライナのゼレンスキー大統領の演説も収められており、よく読んでいくことで見えるものが在るかもしれません。
佐藤さんが嘆いているのは、こういった重要な論文・演説について原文で読むのは難しいとしてもメディア各社がどうやら全文を読むこともなく、アメリカなどの通信社や新聞の抄訳だけを見ているようだということです。
その程度の勉強と取材の努力は必要でしょう。
日本の報道姿勢はほとんどが米欧のものと同一であり、それに沿ったニュースしか流れません。
ロシアは経済制裁で停滞し戦争が続けられないとか、多くのロシア人が徴兵逃れで海外逃亡し兵隊が不足とか、ウクライナの反転攻勢が効果を上げてロシア軍はまもなく撤退するとか。
いずれもどうやらはずれのようで、そういった状況にはならなかったようです。
ただし、ロシア側の情報を正確につかむということが非常に難しくなっているのも事実です。
プーチンの論文の中には「ウクライナ」という名称の意味が古代ルーシ語の「辺境(オクライナ)から来ているとしている部分があります。
ウクライナ側ではその「クライ」は「国」でありウクライナとは国民という意味だとしていますが、その正確なところは不明のようです。
このような歴史観の食い違いというものは多数あり、ウクライナ人はそもそもスラブ人ではないとか、逆にウクライナ人こそが真のスラブ人でありロシア人はそうではないといった主張が政治的な目的で発せられています。
ウクライナのそれがいわゆる「ガリツィア史観」と呼ばれるものですが、ロシア側はそれは虚構だと主張します。
ロシアは西側の経済制裁を受けていますが、ロシアは本来食料もエネルギーも自給し他へ輸出する力がある国ですので、ほとんど効果を上げていません。
ただし、最先端の半導体だけはまだ作ることができないため、ミサイルなどの誤爆が増えているということです。
2022年6月にウクライナのショッピングモールがロシアのミサイルの直撃を受けましたが、ゼレンスキーはテロ行為だと非難したものの、ロシア側はショッピングモールの近くの軍事工場を攻撃したとしています。
その距離は300mしか離れていなかったということで、十分に誤爆のあり得る程度だということです。
ウクライナの歴史では1000年前のキエフ・ルーシ(キエフ大公国)まで遡らなければなりません。
9世紀に北欧から流入したバイキング、ノルマン人が建国した国で現在のロシア・ベラルーシ・ウクライナの源流とされています。
そこから先が双方で見解が違うところです。
13世紀にキエフ大公国はモンゴルの侵攻を受けて消滅します。
しかし一部はモスクワを拠点に勢力を拡大し15世紀にはキプチャクハン国に勝利し完全な独立を果たした。これがロシア側の歴史観です。
ウクライナ側ではキエフ大公国の伝統はウクライナ西部のガリツィア地方のリヴィウに誕生したガーリチ・ヴォルィニ公国に受け継がれ、これがウクライナとなったのでキエフ大公国の正統な継承者はウクライナだという解釈です。
プーチンの論文を見ていくと、自国の教育は西側の教育システムと切り離す「教育のデカップリング」を進めようとしています。
これは他国からの留学生を受け入れないということで、現地でのロシア語の習得ということができなくなります。
アメリカやイギリスには国内にロシア語を教育する養成機関を持つのですが、日本には全くないため、今後はロシア語話者が養成されなくなる危険性があります。
もはや佐藤さんの後輩が出ることも無くなるのかもしれません。
現在までのところはロシアに対する姿勢では日本は米欧ほど敵対していないため、ロシア側も対日姿勢が違うということです。
日本がアメリカ寄りに姿勢を変えていくのかどうか。
厳しい判断が必要なのでしょう。