爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「ロシアの論理 復活した大国は何を目指すか」武田善憲著

ソ連崩壊以降、大きな混乱に陥ったロシアですがプーチンが指導者となって以来復活してきました。

ただしその政治手法は強権的であり独裁者ではないかという見方も欧米社会からはされています。

そのようなロシアの「論理」について、外交官としてロシアに関わり続けている著者が解説をしています

 

ただし、出版されたのは2010年で、プーチンが大統領を退き代わりにメドヴェージェフが大統領就任、プーチンは首相となるという時期でした。

またロシアの主要産業である石油や天然ガスは価格が高騰しロシア経済も絶好調という追い風だった時期です。

そのため、現在の状況とはかなり違うのではないかとも思います。

本書中盤のエネルギー状況についての部分でも「今後も原油価格は高値を維持するという専門家の予測もあり、ロシア経済も好調を維持する」とありますが、実際はかなり原油価格低下の影響を受けていたはずです。

とはいえ、基本的には本書の記載事項が無効となるほどの変化とは言えないでしょう。

 

本書を貫く方針は、「ゲームのルールを読み解く」ということです。

現状についての細かな分析をいくら積み重ねても、次に起きることは分からない。

その下にあるルールが分かればそれが予測しやすいということです。

これを用いて、著者は他のロシア事情通たちとは異なりプーチンの後継者がメドヴェージェフであるということを早い時期に予測しました。

もちろん、そのような「ロシアのゲームのルール」は明文化されているものではありませんので、それ自体を明らかにするのは大変困難なものです。

それを経験的に解析していくのが本書ということです。

 

それを、ロシアの政治、外交、経済・エネルギー、国民生活といった分野ごとに実施していきます。

 

プーチンは独裁的な権力者であるという見方が一般的でしょうが、北朝鮮金正日ベラルーシのルカチェンコのような意味での独裁者ではありません。

プーチンが「超法規的」な決定をしたということは皆無です。

プーチンが大統領を2期務めた後、憲法を改正して3期以上の就任を可能にするのではないかという観測が普通でしたが、プーチンはそれをせず、メドヴェージェフに大統領を継がせ自らは首相に退くという方策を取りました。

法律と手続きを重視するというのがこの場合のルールであったようです。

 

常に酔っ払いほとんど統治と言うこともなく企業経営者などを野放ししていたエリツィンを継いだプーチンの最大のルールは「納税し、合法的にビジネスを行い、政治的野心を持たなければ自由に活動してよい」というものです。

これに反した者たちは厳しく対処されました。

 

またプーチンは「国民との対話」を形だけでも確立し忠実に実行し続けています。

2003年ごろから始めたこの対話では、プーチンは2,3時間以上の長時間にわたり、市民生活に関することから、経済や外交、安全保障に至るまで、まったくカンニングペーパーを見ることもなく答え続けることができました。

これがプーチンの権威を高めるために相当な効果を発揮し、プーチンがロシア最高の意思決定者であることを国民に強く印象付けました。

(数分の記者会見すら原稿棒読みの首相とはえらい違いです)

 

そして、実際に政府の中でも意思決定に関わるのはプーチン(と一時期はメドヴェージェフ)だけであり、その他の政府関係者も加わることはできないということです。

そのために、海外政府関係者などがロシアの姿勢を調べようとしてロシア政府関係者に接近しても、ほとんど何も成果は得られないとか。

ロシア政府高官の談話なるものがほとんど意味がない状態だそうです。

 

このようにプーチンただ一人がロシアを動かす状態であるために、その後継者育成は難題でした。

しかし数多くのハードルを越えてようやくメドヴェージェフに決定し、大統領を譲ったということですが、自身は首相に残るというウルトラCを使いました。

(本書の範囲ではここまでですが、その後プーチンが大統領に返り咲きメドヴェージェフは首相ということになりました。最新の状況ではメドヴェージェフは首相を解任されたということで、その後はやや混沌としているようです)

 

プーチンが受け継いだ時代からちょうど石油などの価格高騰が起きました。

プーチンはそれまでの政策を一変し、石油や天然ガスの資源の国家保持を取り戻しましたが、それがちょうどこの価格高騰の時期であったことも幸いし、外貨獲得と国民経済の復活、国家財政の強化も達成することができました。

 

ロシアの利点の一つが、長期戦略として20年という期間を考えることができることです。

他の多くの先進国では3,4年で長期計画、よほど安定したところで2期8年がいいところですが、プーチンの権力維持の巧妙さで20年と言う異例の長期を計算できるというのが強みでしょう。

 

このように、本書刊行の時点ではプーチン・メドヴェージェフ体制は長期にわたり継続し、原油価格の高止まり傾向にも変化はないので経済の好調も持続するという見通しでした。

しかしアメリカの仕掛けたシェールガス戦法で原油価格は低迷し産油国経済も急ブレーキになったのは予想外だったのでしょう。

さらに、メドヴェージェフの首相就任は既定方針だったのでしょうが、その後の解任はどうなるのでしょうか。

ロシア情勢はまだまだ予断を許さないもののようです。