爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「感染症と文明 共生への道」山本太郎著

今まさにウイルス感染症が世界を覆っているかのような時ですが、この本はそれを扱っているわけではありません。

出版は2011年、SARSまでは内容に含まれています。

著者の山本太郎さんは感染症学が専門のお医者さんですが、実際に感染症対策でアフリカなどにも出かけているという、理論ばかりではない方のようです。

 

人類の歴史では、ある限られた地域に新たな感染症が入り込むことにより多くの住民が死亡しその文明自体が崩壊してしまったということが何度も起きています。

1846年のフェロー諸島における麻疹の流行、1875年フィジー島でも麻疹の流行など、大きな悲劇が記録されていますが、古代から見ていけばさらに多くの例が見られます。

 

人類は約1万年前に農業を始めて定住し始めるまでは、狩猟採集生活をしあちこち移動して暮らしていました。

その当時はせいぜい数十人のグループで集まって生活しており、また一か所にとどまらずに獲物が居なくなれば次の場所に移動ということを繰り返していました。

そのような社会では、感染症というものがほとんど見られません。

わずかに、人畜共通感染症炭疽症とボツリヌス症の痕跡は見られますが、それ以外の感染症寄生虫病は無かったとみられます。

これは、ウイルスや細菌、寄生虫といった病原生物の生命サイクルを維持するためには人間の集団があまりにも小さすぎたためです。

当時の人々は、栄養は不十分であったかもしれず、また狩の際に負傷することもあったでしょうが、病気はあまりかからなかったと考えられます。

 

人類と感染症の関係において大きな転換点となったのは、農耕の開始、定住、野生動物の家畜化でした。

農耕を始め、家畜を飼い、そして一か所に定住することで人類は非常に急速に人口を増やしました。

農耕以前には全世界で100万人程度であったものが、あっという間に2ケタ上昇し紀元前500年には1億人に達しました。

 

このような環境で、新たな感染症がどんどんと出現してきます。

動物の家畜化により、動物のウイルスなどが人間に感染するようになりました。

天然痘はウシ、麻疹はイヌ、インフルエンザは水禽、百日咳はブタに起源があります。

さらに定住して一か所に多くの人々が住むようになったため、こういった病気が流行するということが起きるようになりました。

このような病原体にとっても新たな環境を与えられて多様化が進み進化したと言えます。

 

メソポタミア文明黄河文明インダス文明それぞれにその地域特有の感染症が流行していますが、それで根絶やしになるわけではなく、やはり人間の方でも耐性が強いものが出現し生き残っていきます。

さらに文明相互の交流が始まると、「疾病交換」という感染症流行が起きますが、これもそのうちに免疫が獲得されなんとか続いていきます。

ただし、こういった文明の周辺の未開地の人々は、文明人の侵略を受けると軍事的にも攻撃されるとともに、侵略者たちからの感染症に罹患し、それが原因で滅亡するということが多かったようです。

その大規模なものが、アメリカ大陸へのヨーロッパ人の侵攻時にも起きました。

 

しかし、近代になってからのヨーロッパからのアフリカ侵略の際には、人類がまったく知らなかった疾病との遭遇があちこちで起き、ヨーロッパ人の侵略者の多数の生命が奪われました。

ヨーロッパ各国は植民地は獲得したいものの、その先兵たちが次々と死亡していくことに苦慮し、ここに「帝国医療」「植民地医学」というものが発達します。

初期のノーベル医学賞の受賞者を見ると、この人々に数多くの賞が与えられていることが分かります。

1902年、マラリア原虫の生活環を発見したロナルド・ロス、1905年、ロベルト・コッホ結核の研究、1907年にはマラリア原虫発見のラヴラン、1927年のヤウレックはマラリア接種の治療効果等々です。

日本の野口英世の黄熱病研究もこの一環でした。

 

抗生物質の発見、そしてワクチンの開発によりこういった感染症は根絶できるかのように見られた時もありました。

しかし、相手もどんどんと進化していきます。

耐性菌、耐性ウイルスが出現しこういった薬も無効になっていきました。

さらにこれまでは人間が入らなかったようなところにまで入り込むようになることで、知られていなかった感染症が流行します。

 

一方で、大流行していた感染症がいつの間にか消えてしまったということも起きています。

16世紀までヨーロッパで流行した粟粒熱、1950年代まで東欧を中心に発生した新生児致死性肺炎、1950年代後半に東アフリカで流行したオニョンニョン熱など、その後患者が発生しないものもいくつもあります。

 

どうやら、こういった感染症は様々な病原体により発生しますが、その病原体も進化により変化を重ねているようなのです。

感染力が低くそのうちに消えてしまうというものもありますし、人間に適応して定期的に流行を繰り返すものもあります。

そして、人間に過剰に適応することにより病原体が消えてしまうということもあるようなのです。

どうやら、人間と病原体とが「共進化」しているようです。

病気を引き起こすことがなければ、いくら人体の中で増殖していても気になりません。

そういったところまで進化してしまえば、安定的に存在することができるようです。

 

今回のウイルスもどういう経過をたどるのでしょうか。

 

感染症と文明 共生への道 (岩波新書)

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