「パンデミック」という言葉は今では誰でも知っているでしょう。
しかし、感染病というものはこれまでも人類に繰り返し襲い掛かり苦しめてきました。
その歴史を振り返り、実際にどういうことが起きたのかを思い出させてくれる本です。
もちろん本書は2016年に出版されており、現在の新型コロナウイルスはまだまったく知られていない頃の状況ですが、起こっていた事象はほぼ同じと言ってもいいようなものです。
多くの被害を受けたパンデミックはこれまでにも何度も起きていますが、本書ではその中でもコレラを主として記述しています。
コレラは海水性の細菌、ビブリオの一種で起こりますが、それは通常は沿岸に住むカイアシ類という小さな甲殻類と共棲しています。
特に多かったのがベンガル湾の河口に広がる湿地シュンドルボンでした。
そこには野生の生物も多く、毒蛇、ワニ、サイやトラなど危険な生物が多かったので、人々はほとんど近寄らない地域でした。
しかし1760年代に東インド会社がこの地域を獲得し、入植者や開拓者、ハンターが入り込み開発をすすめました。
その結果、そこにいたカイアシ類が人類にも接触するようになりコレラも広がってしまったのです。
こういった感染症の拡大は他のものでも同様です。
それまではごく限られた地域の知られざる病気(人だけでなく動物の)であったのが、開発によって外の世界に広がってしまいます。
大規模な森林破壊でコウモリが行き場を失うことも増えました。
コウモリは哺乳類ですが、空を飛び回るという生活をするためにその免疫システムも他の動物とは異なります。
骨が中空なので、他の哺乳類のように骨髄で免疫細胞を生産することができません。
そのために他の哺乳類とは異なり多種の微生物と共棲するようになっています。
そのために、独特の感染症の起源ともなりやすいようです。
ペストなどの大規模感染拡大で多大な被害を受けたヨーロッパでは検疫というものを実施するようになりました。
17世紀に終わりには地中海の主要な港にはラザレットと呼ばれる要塞を作り、入港する船や船客を隔離しました。
バルカン諸国ではコルドン・サニテール(防疫線)というものを設置し、大勢の兵士を並べて無断で入国しようとする者を射殺しました。
1850年代までにはペストの発生を抑えられたのはこういった施策だったのですが、19世紀になり国際貿易が盛んになるとこういった施策は邪魔になってきました。
当時はまだ感染病の原因が細菌やウイルスであるということは知られていなかったので、このような検疫体制は「迷信」であり何の役にも立たないということが、経済推進論者から言われるようになり、検疫体制は捨てられてしまいました。
この結果、アメリカやヨーロッパの都市でコレラが流行し多くの人が死亡するという事態になってしまいました。
感染病が流行する時には常に(と言っていいほど)感染者やその流行の元と思われる地域に対する非難や攻撃、排除といった行動が付きまとうようです。
エイズ流行の際には同性愛者の排除が世界的に起こりました。
またハイチから病気が来たという迷信が生まれ、ハイチ出身者に対する攻撃が行われました。
ウエストナイルウイルスがアメリカを襲った時にはサダムフセインのバイオテロではないかというデマが流されイラク人への排除が起きました。
SARSの時には中国系の人々があからさまに避けられ、雇用が打ち切られ、家から追い出されました。
エボラ出血熱が起こっているというニュースが流れただけで、見慣れない病気の兆候があると封じ込めと回避策が取られました。
飛行機のトイレで嘔吐した客を乗務員は閉じ込めて出られなくしました。
こういった過剰ともいえる反応は十分に科学的な知識が身につけば避けられるのでしょうか。
近世といってもほんのわずかの過去でも、ヨーロッパの都市には「トイレ」というものが無かったというのも驚きです。
どこへも持っていきようが無かった糞尿はそのまま町の中に放置されました。
このような状況でコレラ菌などが入り込むとすぐさま大流行につながりました。
飲料水と糞尿の連鎖が避けられるようになったのはかなり後の時代になってからでした。
まるで今の新型コロナウイルスパンデミックを予測したかのような本でした。