爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「反穀物の人類史」ジェームス・C・スコット著

人類が狩猟採集の時代から農業を始め定住し、やがて国を作って文明化していくという歴史のイメージというのは、やはり「文明という光が広がっていく」というものでしょう。

 

しかし、著者のスコット教授は人類の文明化初期の「国家」というものは人々を家畜のように飼いならし、収奪していくもので、それがしばしば「崩壊」し「暗黒時代」になったと言われているのも、実際には圧迫された人々が解放されて放牧などに戻っただけではないかと考えています。

 

本書では「飼い馴らし」という言葉が重視されあちこちで使われています。

家畜などは野生動物を飼い馴らしてできてきたのですが、実は農産物も同様です。

大麦、小麦などの穀物やその他の栽培植物も野生そのままではなく、品種改良という飼い馴らしの手順を経て人類の役に立つように変えられてきました。

穀物というものはまさに人類の文明化ということを象徴するものです。

そこに本書の書名「反穀物の人類史」の意味もあるようです。

 

そして、人類自身も「飼い馴らされて」きたと考えられます

狩猟採集時代にはごく小さなグループで生活してきました。

しかし、農業が始まり集中して暮らすようになると、多くの人が命令され働くだけの存在になっていきます。

「飼い馴らし」を意味する英語のdomestication は住居を意味する ドムスdomus が語源ですが、関わる生物のすべてを「ドムス化」するという意味で考える必要があります。

家畜、栽培植物だけでなく、寄生生物(ノミ、ダニ、シラミ、ネズミ、スズメ等々)も人間の集中に合わせて変わっていきました。

 

精神的なことばかりでなく、身体も徐々に変えられていきました。

家畜化された動物はその1万年の歴史で大きく変化しています。

ヒツジやブタ、養殖されるニジマスなどでは野生種より脳の大きさが小さくなっています。

脳の容量だけでなくその働きも大きく変化しています。

感情的な反応能力が落ちているようです。

 

家畜を飼い集中して住むことで、感染症の脅威が大きくなりました。

もともと人に感染してきた病原体に加え、人畜共通の病原体による感染症が多くなり何度もの大流行を引き起こすようになりました。

 

さらに土壌破壊、森林枯渇などの環境破壊も初期国家を崩壊させることが頻発しました。

 

古代文明の多くは奴隷制社会でした。

奴隷という言葉が使われていない場合でも実質的には奴隷同然の民衆により維持されていました。

さらにこれらの国家は奴隷獲得のために周辺の国などを襲い、敗けた人々を戦争奴隷として獲得するということを行います。

それをしなければ国家の維持が不可能であったからです。

 

さまざまな要因でこういった古代文明は消滅していきます。

これらを「崩壊」ととらえ、その後しばらくは「暗黒時代」が続くというのがこれまでの普通の歴史観でした。

しかし、古代国家が崩壊したらそこで働かされていた奴隷たちは逃れることができ、周辺で自由な放牧生活などができたかもしれません。

そういった人々にとっては文明崩壊による暗黒時代などではなく、平和で自由な生活の復活であったことでしょう。

彼らをその後の文明人は「野蛮人」と呼んだのですが、実は野蛮人こそが生き生きとした生活をしていたのかもしれません。

 

なお、こういった事情はその後の国家と言うものの伸長で失われていくのでしょうが、本書はそこまでは描かれていません。

国家と言うものは人類を不幸にしていったということは、真実を含んでいるのかもしれません。