科学ライターとして活躍しておられる松永さんの、これは早い時期の著作です。
2006年という時期は農薬に関しても色々な動きがあったころで、中国産の農産物に過剰な農薬が残留しているとして大きな問題にもなったことがありました。
また、農薬の規制が「ネガティブリスト制」から「ポジティブリスト制」に改められたということも農家を巻き込むことになりました。
さらに、「環境ホルモン問題」も話題となり農薬にそういった成分が含まれるのではないかと疑われることにもなりました。
また、ダイオキシンの毒性が問題となり、焼却場から排出されているとみられたのですが、これも以前の農薬に含まれていたということが話題になりました。
このような時期に、農薬と食品というテーマについての本を書いたのも、松永さんの食品に対する考え方から来たものなのでしょう。
本書の最初は「国産のわさびが消える?」という話題から入っていきます。
これは、「農薬の規制強化」さらには「ポジティブリスト制度施行」にも関わる問題でした。
ポジティブリスト制度とは、「作物により使える農薬の残留濃度を決め、それ以外の農薬は極めて低い残留濃度(0.01ppm)を越えてはいけない」というものです。
それ以前の「ネガティブリスト制度」では「それ以外の農薬は規制しない」というものでしたので、使ってはいけない農薬の取り締まりが非常に厳しくなりました。
ところが、「わさび」などのマイナー作物では「使える農薬」がなくなってしまったのです。
これは、農薬メーカーが農薬使用許可を取ることが困難になったからでした。
農薬を新たに認可してもらうには、様々な試験を行いデータを取り申請する必要がありますが、そのためには巨額の費用がかかります。
稲や果樹など、メジャーな作物の場合はそれだけの費用をかけても売り上げが上がれば元が取れますが、わさびなどのマイナー作物ではそこまでの売り上げは期待できません。
以前であれば、ワサビ用に登録された農薬以外でも使ってしまえたのですが、今後はそれ以外の農薬は「0.01ppm」以上検出されたら違反となるために使えなくなるということになったのでした。
「危険な農薬など使わなければよい」と考えがちなのが一般消費者ですが、農薬を使わずに作った作物は虫食いがあったり形が不ぞろいとなるなどの欠点が出てしまい、それを買わないというのも同じ消費者です。
「無農薬栽培」とうたってあれば虫食いがあっても、高く買うのですが、一般の農作物はそれでは買おうとしません。
このような消費者行動があるために農家も農薬使用をやめることができません。
農薬をできれば使いたくないというのは、農家が一番考えていることです。
現在の農薬は毒性も非常に低くなっているとはいえ、農家が使う場合にはある程度濃い原液を使うために作業も煩雑でマスクや手袋など厳重な防備をして行わなければなりません。
さらに、農薬の値段もかなり高いものであり、使わなくて済めば使いたくないというのが本音ですが、それでは売れる農産物が作れないということです。
かつての農薬には非常に毒性が強く危険なものもありました。
間違って指についた農薬原液を口に入れただけで死亡したという事故もありました。
しかし、新しい農薬では人体毒性はどんどんと低くなり、さらに対象とする害虫や病原菌以外には害のないものを開発しています。
このような「選択毒性」という考え方が強くなり、現在使われている農薬には「毒劇物」というものはほとんどありません。
本書発売からすでに15年近くがたっていますが、農薬をめぐる意識というものにはあまり変わりがないようで、「無農薬」を売り物にする飲食店や製品なども後を絶たないようです。
農薬の毒性被害というものも本当はほとんどないのですが、そういった真実が一般に理解されるにはまだまだ道は遠そうです。