爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「言語はこうして生まれる」モーテン・H・クリスチャンセン、ニック・チェイター著

著者のお二人はイギリスのエディンバラ大学認知科学センターで共に学んで以来認知科学の観点から言語学を考えていくという方向で研究されているということです。

そのためか、言語の誕生というものを扱っているのに様々な心理的認知という観点での解析が多いようです。

 

1769年、クック船長のエンデバー号は南米大陸の最南端を過ぎて太平洋のタヒチに向かっていました。

しかしその後の長時間の航海のために新鮮な水と薪が必要となり、上陸しました。

そこで出会ったのがハウシュ族と言う当時その付近に住んでいた原住民だったのですが、暴力的な行為に出ることなく必要なものを得ようと意思疎通を図りました。

ところがその頃はまだ現地の言葉とヨーロッパの言葉を通訳できるものはおらず、身振り手振りで行なうしかありませんでした。

乗組員の一人が記録していたその状況から、どうやらジェスチャーで徐々に意思を伝えあうことができるようになったようです。

 

そして、どうやら言語というものの最初もこのようなジェスチャーゲームから始まったのではないかと考えます。

見知らぬ者と出会い、共通の言葉など無い場合にはなんとかコミュニケーションを取ろうとするなら身振り手振りのジェスチャーによるしかありません。

その次の段階では口を開き言葉を発し、それが相手の言う言葉とどういった対応をするかを徐々にすり合わせていきます。

それがその集団の共通の言語と発展していったということです。

 

このような生物的な面から言語の誕生を考えるということは、1950年代にノーム・チョムスキーによって始められた言語学を生物学の一分野と見る方法論でした。

 

言語の誕生を考える上では、現在の乳幼児がどのように言語を身に着けていくかを詳細に見ていくことが重要なヒントを与えてくれます。

乳幼児に対して理論的な統一した言語教育をすることなどありません。

親や周囲の大人が話す言葉はさほど文法的に正しいものではなく、時には単語を投げつけるだけのようなこともあります。

しかしそのような言語使用の実例を吸収して子供は自分でも言語を操るようになります。

これは原始の時代に言語が出来上がってきた状況とも重なるものかもしれません。

 

産まれたばかりから三才になるまで、子供はいったいどれくらいの言葉を聞いているかということを知れべる研究が行われました。

それによると家庭の経済状況により大きな差があり、生活保護を受けるような貧しい家庭では子供が3歳になるまでにおよそ1300万語を聞いていたそうです。

ところが高収入の家庭ではそれが4500万語でした。

これが子供が成長してから学力の差につながるのではないかと考えられました。

それを補うために考えられた安易な解決策が、ビデオを見せたりオーディオブックを聞かせたりということで、商売にされました。

しかし当然ながらそのようなものは役には立たず、生きた言語使用の実例を多く聴き、子供が引き込まれることが必要だということです。

 

現在、世界には7000種の言語があると言われています。

その存在状況を示した世界地図が掲載されていました。

するとその分布は均一どころか大差があり、ほとんどが熱帯地方に集中しており、温帯から寒帯では非常に少ない、すなわち一つの言語を話す人が多いということになています。

これは、熱帯地方では食料が豊富であまり他の部族と接触する必要がないため、言語も独自の進化を遂げたためと考えられています。

パプアニューギニアなどはそのわずかな地域に世界の言語の種類の10%が存在していると言われており、しかもその相互が全く異なる言語となっていますが、お互いに干渉しない生活を長く続けているうちに言語が変わってしまったのでしょう。

 

これまで読んできたような普通の言語学の本とはかなり違った切り口のもので興味深い本でした。