著者の石井さんは民話などを研究してきた民俗学・日本文学研究者です。
この本は昔話につながる色々な問題を詰め込んだようなもので、昔話とその研究者たちの抱えるものがあれこれと語られています。
副題にもなっている異類婚という言葉を聞くと何か恐ろしいもののようにも感じられますが、実際には日本の昔話には数多く出現するもので、鶴の恩返しも鶴が人間と結婚していますし、そういった状況を何気なく取り入れて普通に語っている話があるようです。
教科書には以前から昔話というものが取り入れられているように感じますが、実際には文科省の学習指導要領の中で大きな変化が起きています。
平成20年度告示の指導要領から、小学校低学年に「昔話や神話・伝承などの本や文章」を読み聞かせたりすることと言う内容が入りました。
ここで「神話」が入れてあるのが大きな変化です。
かつて戦前の学校教育では古事記などに基づく神話を日本史として教えられていましたが、戦後それは追放されていました。
それがこの時から堂々と復活してきたわけです。
指導要領に入れてあるからには教科書もそれを取り入れなければ採択されません。
多く扱われているのが「因幡の白兎」ついで「八岐大蛇」です。
天皇家につながる高天原系の神話ではなく、出雲系の神話であったというのが皮肉なことです。
学習指導要領の中で「伝統的な言語文化」を謳われていますが、この「伝統的」というのは完全に「日本だけ」の伝統しか想定されていません。
しかし現実の教科書では伝説などを用いている中には日本だけでなく外国のものも入っています。
小学1年の教科書すべてに採択されている「おおきなかぶ」はロシア民話です。
日本の民話だけで教科書を作り上げることが難しいという実情もあるのでしょう。
昔話を研究する人々の中ではアジア各国の民話との関連などを調査する動きもあります。
アジアの研究者が日本にやってきて紹介することもあり、またアジア出身の人々が日本で絵本などとして出版することも増えています。
そういった民話のパターンなどをまとめるということも行なわれています。
かつてそういった話が伝わりそれが広がったということもあるかもしれませんし、独立して生まれ発達した話が偶然同じ筋書きになるということもありそうです。
異類婚のパターンでは鶴の女房などのように正体を知るまでは平和的な夫婦というものもある一方、違うパターンもあります。
「猿婿入り」という話では、猿が爺の代わりに畑仕事をする代わりに娘を一人嫁に貰うという約束をし、見事に畑仕事を済ませるのですが、三人の娘の上二人は絶対に嫌と断ります。
しかし妹はそれを受け入れて嫁に行くのですが、行ったらすぐに猿を殺して無事帰ってきてめでたしめでたし(?)となるというものです。
またヨーロッパにも異類婚の話はあるのですが、それで動物などになっているのは実は王子様で魔法をかけられて動物になっているというものです。
これには宗教的な制約があったからということのようです。
教科書の昔話で注意すべきものは桃太郎でした。
明治時代から取り入れられていましたが、家来を連れて鬼ヶ島に鬼退治、戦いの末勝利して宝物(賠償金)を取って帰ってくるというのは、当時の日本の戦争観とぴったりでした。
戦後になり教科書から姿を消したのは当然ですが、絵本としてはまだ非常に人気があり多くの本が売れています。
ただし中身は少しずつ変化しているようで、鬼たちに勝っても宝物は要らないと分捕りをしないように描かれているものもあります。
鬼が捕まえていた女性たちを解放して帰るといった内容に変えられているものもあるようです。
昔話というものも、教科書といったものと関わると途端に生臭いものになるようです。