爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「日本の無戸籍者」井戸まさえ著

戸籍というものはあまり意識されていないかもしれませんが、これがなければ日本ではかなり不利な状況になるものです。

ところが、様々な事情で戸籍を作ることができない「無戸籍者」あるいは「無戸籍児」という人々がかなりの数存在するようです。

 

こういった状況について、自らもお子さんが無戸籍となってしまった経験をお持ちの井戸さんが書かれた本です。

 

井戸さんは経済紙記者から経済ジャーナリスト、その後県会議員を経て衆議院議員にも当選されたという方ですが、ご自身が離婚を経験しその際の協議が長引き、再婚された方との子どもが産まれたのが出生時のいわゆる「離婚後300日規定」というものにかかり、無戸籍状態となってしまったそうです。

その経験から、戸籍の問題について深く関わるようになったそうで、無戸籍のまま成人された方々の状況などを調査していきました。

 

無戸籍者が生まれる6つの理由というのが最初にあげられています。

1,民法772条の嫡出推定の規定が壁になっている(前夫をこの父とすることを避けるために出生届を出さない・出せない)

2,親のネグレクト・虐待

3,戸籍制度そのものに反対している

4,認知症等で身元の確認ができない(戸籍そのものはあると推定される)

5,戦争・災害で戸籍が滅失している

6,天皇および皇族

 

この中で、深刻なものは2かもしれませんが、ここでは1の場合を主に論じられています。

著者ご本人の場合もこの理由でなったものでした。

 

民法772条の嫡出推定という項目は、明治民法で定められたものが昭和戦後民法改正でも引き継がれたまま存続してきました。

「婚姻中に懐胎した子供は夫の子と推定する。」というところはまだしも、「婚姻の解消または取り消しから300日以内に産まれた子は婚姻中に懐胎したものと推定する」という部分が問題となっています。

300日というのは通常の妊娠期間よりさらに長いものです。

懐胎期間というのは受胎から266日と言われていますので、それより1か月以上も長いものとなっています。

つまり、離婚後1か月たって別の男性との間に受胎した子供でも前夫の子と推定するということになります。

 

現在のようにDNA検査などの手段もなかった旧民法、改正民法当初の時代にはこういった推定を決めておかなければ父親の決定もできなかったということでしょうが、今となっては女性の「再婚禁止期間規定」と同様に女性に対する差別的規定でしかありません。

ここには別の意図、すなわち「離婚をするような女には反省させろ」といった雰囲気があったものと考えられます。

 

このように、明らかに前夫の子ではなく再婚後の男性の子であるにも関わらず、前夫の子としなければ戸籍が作れないことが原因となり出生届が出せず無戸籍児となる例が多いのですが、そのまま行けば多くの行政サービスが受けられず大変な不利益を被ることとなります。

 

学校に行けないなどといった問題も深刻ですが、これには前川喜平さんが文科省事務次官であった時に就学支援の取り組みが進められたそうです。

前川さんはその後不正を指摘され解任、さらにスキャンダル報道が相次ぎましたが、こういった行動自体が一部の人々の反感を呼んで陥れられたのでしょうか。

 

本書後半は、戸籍の現状だけでなくその歴史、そして数多くの戸籍に関する問題の数々まで詳細に述べられています。

古代の律令時代に初めて作られた戸籍ですが、その後は国が管理するといったことが無くなり、平安・鎌倉・室町まではほとんどの人が無戸籍状態だったとも言えます。

それが再び政府が管理するようにされていったのが近代の歴史だったようです。

 

また、現在のグローバル化の時代には「二重国籍問題」が頻発するようになってきます。

これも日本では単一戸籍が原則としてある年齢で一つに絞ることを強制されますが、国によっては二重国籍を容認するところもあり、それぞれの思想が関わってきます。

国籍決定には血縁主義、出生地主義の差がありますが、日本は血縁主義、しかも以前は父系主義でした。

さすがに現在では父母双方の血縁主義となっています。

ところがこのために事情によっては二重どころか三重以上の国籍を持つ人もできてしまいます。

父母がそれぞれ血縁主義の国籍があり、さらにアメリカなどで出生するとそこの国籍も得られることになります。

 

戸籍というものはやがて無くなっていくものかもしれません。

なかなか奥深く、幅広い問題が重なっているようなところだと、改めて認識させてもらいました。

 

日本の無戸籍者 (岩波新書)

日本の無戸籍者 (岩波新書)