爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「人名用漢字の戦後史」円満字二郎著

戦後の国語改革の中で、漢字の使用制限と言う面では漢字撤廃を目指す人たちが主導して実施したために当用漢字制定は拙速で不合理なものであったということを説いた本を読んだことがありました。

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漢字の問題としては、当用漢字以外にも「人名漢字」というものがあり、そこにも強い制限があるということが数々の問題を引き起こしているということはこれまでにも様々なニュースなどで知ってはいましたが、この点について詳細な戦後史を書かれたのが、本書著者の円満字さんです。

なお、円満字さんは出版社で漢和辞典の編集をされているということですが、お名前が正に最適という印象を受けます。

 

1947年、新憲法下でさまざまな問題を変えていこうという中で、戸籍法も改正ということになりました。

それまでは、戸籍に用いる漢字に制限はなくどのような字でも受け付けていたのですが、それを「常用平易な文字を使用しなければならない」という規定を設けようというものです。

しかし、その戸籍法改正案には人名に使える漢字を定めようという条文は含まれず、「文字の範囲は命令でこれを定める」という責任逃れの一文が入っていました。

これが混乱の始まりです。

 

具体的にはこの「命令」として戸籍法施行規則が定められ、そこでは漢字の範囲について「当用漢字表に掲げる漢字」としてしまいました。

しかし、前年に定められた「当用漢字表」を定める際の検討は拙速で不十分なものであり、特に人名・地名等の固有名詞については

固有名詞については、法規上その他に関係するところが大きいので別に考えることとした。

とあり、実は考慮を放棄していたのです。

国語審議会幹事長の書いた文章にも

固有名詞は別に考えることになっているので、見なれた岡、阪、函、伊、藤、彦などははいっていません。

と明記してあります。

 

このように、人名を考慮していないとしている当用漢字表に載っていない漢字は使えないこととしてしまったのです。

 

したがって、戸籍法改正直後から子供の名付けに希望する漢字が使えないという人々の不満は大きく、しばしば裁判沙汰にもなり報道され、さらに国会でも取り上げられることとなります。

不満の特に強い親は戸籍の提出を拒み、子供が無戸籍児となるという事態も発生しました。

 

その結果、1951年には国語審議会で、当用漢字表の外側に人名漢字を追加するという案を決めることとなります。

世論では漢字制限など撤廃しろという意見が多かったのですが、当用漢字は守りたいという強い意思がありこのような折衷案となったのでした。

この態度には、ちょうどこの頃に冷戦激化に伴って「逆コース」と呼ばれる雰囲気が増し、戦後の民主化をないがしろにしようという勢力の台頭が起こり、それに漢字制限も巻き込まれるのではないかという審議会メンバーの危機感もあったようです。

これで人名漢字という人名だけに使うことができるという92字が復活しました。

この中には「弘、彦、昌、智、熊、稔」など驚くほど普通の漢字が含まれており、今の感覚からすれば「この字も使えなかった」ということの方がびっくりです。

 

そしてさらに20年が経過します。

人々の漢字使用の希望はさらに増加し、「梓、杏、沙」などの文字を使用したいという声が強くなります。

国語審議会と法務省の小競り合いがあったものの、1977年に人名用漢字追加表が誕生します。

 

なお、このような論争の問題はあくまでも「どの漢字が使えるか」だけであり、「漢字の読み方」には何の言及もされていません。

この点については行政審議会の席上話題に上ることはあったようで、「出生届に名前の読み方を記載するべきかどうか」という討議がされたようです。

しかし、漢字使用は制限されていてもこれまで「名前の読み方」という点はまったくの野放しのままでした。

これは戸籍事務担当者にとって、「名前の読み方」まで審査の義務が負わされてもそれは不可能だからです。

出生届に名前の読み方の欄が設けられ、それにどんな読み方を書かれても戸籍担当者は受けざるを得ないのは明らかであり、かえって混乱が深まるという怖れがあったようです。

これは、現在の「キラキラネーム」「DQNネーム」にもつながる問題点でしょう。

 

さらに、近年になりコンピュータ化が広がるとそれまでの和文タイプで制限されているという言い訳が効かなくなり、さらに漢字使用を広げるという希望が強まってきます。

しかし、問題は「姓」の方にあり、こちらは戦前から残っている字全てを残さざるを得ず、そこには漢字表にあるかどうかといった問題だけでなく、旧字体、俗字体、また書き損ないのような字体等、非常に多くの問題点がありそうですが、コンピュータ化によって強制的に新字体に統一という方向になってしまったようです。

この辺の問題点については戸籍事務担当者の意見や希望というものも強く影響しているようです。

 

一方、子供の名付けと言うものに対し国民の間には「唯一無二性」という思いが強くあります。

漢字というものは意味が同じようであっても違う文字というものが数多くあり、それを名付けに使うという親の意志は非常に強いものがあります。

これがどうしても漢字制限に向かえない理由なんでしょう。

 

ただし、唯一無二性というものにも落とし穴があり、たとえば最近非常に人名に多く使われる「琉」という漢字は「琉球」以外に使われるところを見た人がどれほどいるでしょうか。

この「琉」という字は意味を失いただ単に「リュウ」という読みの珍しい漢字としてのみ意識されています。

このような文字を他にも名付けに使うという傾向はこれからますます増えていくことでしょう。

それに対し、著者は重い印象を受けているようです。

 

人名用漢字の戦後史 (岩波新書 新赤版 (957))

人名用漢字の戦後史 (岩波新書 新赤版 (957))

 

 人名用漢字の追加といったことはまだ記憶に新しいことでした。

実家の隣に住んでいた夫婦に女の子が生まれ「沙織」という名を付けたいと行っていたのが「沙」の字がダメで「香織」にしたという話題もありました。

その後、追加ができてから生まれた兄の子供には無事に「梓」と言う字を入れた名前が付けられました。

私の娘婿も「佑」の字が追加されなければ別の名前になっているところでした。

非常に身近な問題であったのだということが分かります。