爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「逆転の大戦争史」オーナ・ハサウェイ、スコット・シャビーロ著

1928年に多くの国々が署名した不戦条約、いわゆるパリ不戦条約はその後の第二次世界大戦を防ぐことができなかったために、ほとんど評価されていません。

 

しかし、この条約以降は「戦争を起こすこと」が「違法」とされたのであり、その意味は大きなものです。

ナチスドイツや日本の戦争指導者たちが、その「侵略戦争を起こした罪」で有罪とされたのも、この条約に署名したことが法的な理由となったのでした。

本人たちにその自覚があったかどうかは分かりませんが。

 

パリ条約以前の世界体制は「旧世界秩序」と言うべきものであり、それ以降の「新世界秩序」とは大きな差があるものでした。

ところが、日本は旧世界秩序によって鎖国の夢を覚まされて世界に引っ張り出され、必死に旧世界秩序に追いつこうとして何とか追いついたころには世界秩序自体が変わろうとしていたという不運?に見舞われ、その結果第二次世界大戦に至ったとも言えるものです。

 

旧世界秩序というものが成立したのが、17世紀のオランダの法学者、グロティウスの理論からでした。

グロティウスはその後「国際法の父」とまで言われたのでしたが、その実はオランダの東インド会社の船員がポルトガル船を略奪した事件の弁護のために、戦争状態とは何かということを強引にこじつけただけのものだったようです。

その最初の文書が長らく行方不明となったためにその理論の実態が見えなかったのでした。

 

戦争状態にある国同士の間では、その軍隊だけでなく商船でも襲い船員を殺害し積み荷を略奪することが容認されるのですが、それ以外の場合はその行為は海賊です。

このポルトガル船略奪行為はインドシナ近海で行われたため、本国の交戦状況を知ることはできなかったのですが、それに関わらず戦争状態であると強弁したわけです。

しかし、その理論の補強のために様々な戦争に関わる事々を成文化していったことで戦争に関する国際法というものの始まりと言えるのは確かでした。

 

このように戦争法とも言えるものが国際的に承認されると、宣戦布告というものが重要になります。

宣戦布告なしに戦闘行為をした場合は犯罪行為とされ、処刑されたこともあったようです。

著者は15世紀以降の宣戦布告文書を解析したそうですが、もっとも多いのは「自衛のため」というものですが、「王の妻を取られた」というものもあったそうです。

 

 ナポレオンは全ヨーロッパを相手にし敗北しました。

しかしその戦争は多くの人の命を奪ったとしても彼をそのために裁くことはできませんでした。

当時の戦争法を何も破っていなかったからです。

そのため、エルバ島に流されたといっても、その口実としてエルバ島をナポレオンの領土として与え、そこに閉じ込めることとしたそうです。

 

第1次世界大戦まではこの旧世界秩序に治められた状況が続いたのですが、この大戦が当時として未曽有の被害を出してしまいました。

そこで、「戦争そのものを違法とする」ことを考え出したのが、シカゴの弁護士レヴィンソンでした。

侵略戦争は違法である」というそのアイディアは広まっていきました。

大学教授ショットウェルがそれをさらに大掛かりに動かしていきます。

そして当時の国務長官ケロッグが結局は条約の手柄を持って行ってしまいました。

 

日本はペリーによる砲艦外交で当時の国際法の世界に引きずり込まれました。

そして最初は良いように諸外国にやられたものの急速にそれを習得し朝鮮からその実践応用に励んでいきます。

その最初に取り組んだのが西周でした。

彼は幕末にオランダに留学するのですが、そこで学んだのがライデン大学のフィッセリングでした。

そして偶然にもグロティウスの最初の論文「捕獲法論」を発見したのがちょうどそのころのフィッセリングだったのです。

つまり、西もそのグロティウスについての最新情報を学んでいた可能性があります。

西はその後明治政府に仕え国際法を政府に認識させることに尽力します。

日清戦争日露戦争もその路線のもと、旧世界秩序の意識下に推進されました。

 

日清戦争後の講和条約で得た遼東半島を列強三国の干渉で返させたのが三国干渉ですが、これは日本にとっては予想外の出来事でした。

旧世界秩序ではそのようなことは起きるはずがなかったのです。

 

それからさらに満州に進出していく日本は、実はすでに国際連盟に加盟し、パリ不戦条約にも署名していました。

それは、新世界秩序を取り入れていたということなのですが、日本にその意識はありませんでした。

そのために日本が正面から不戦条約に挑戦していたということも考えていませんでした。

 

それがさらにイタリア、ドイツによって侵害されていき起きたのが第二次世界大戦だったとも言えます。

そのため戦後のニュルンベルク、東京の戦争法廷もこの不戦条約侵犯が扱われました。

ナチスや日本軍の残虐行為ばかりがクローズアップされましたが、「侵略戦争を始めた」ことが違法だとして死刑になるということは旧世界秩序では考えられないことでした。

 

その後、侵略戦争というものはほとんど起きていません。

そのためか、ほとんど自立できないような小国家が乱立してしまいます。

戦争というものがなくなったわけではありません。

国家の力のぶつかり合いという意味での戦争は違法とされましたが、内戦については何も取り決めがないからです。

今起きている戦争は、ほとんどが内戦といわれていることになります。

さらに、現行の国際秩序に正面から挑戦してくる、イスラム国のような勢力、またかなりそれに近いことを南シナ海で行っている中国もあります。

どうやら、新世界秩序からさらに違った秩序に向かっているようです。

 

なかなか中身の濃い本でした。

巻末に船橋洋一さんの解説があるのですが、それを最初に読んだ方が分かりやすかったかもしれません。

 

逆転の大戦争史

逆転の大戦争史