結婚の形態は、平安時代までは妻問い婚、それが徐々に嫁取婚に変化していったと言われています。
しかし、それ以外に「嫁盗み婚」というものがあり、これが結構重要であったということは間違いないことでしょう。
伊勢物語六段、あるいは芥川段などは高校の古文の教科書にもよく取り上げられています。
こういった風習は現実にも多かったものなのでしょうか。
この本では、そのような嫁盗みというものの物語における描写を検討していきます。
伊勢物語芥川段では、相思相愛だったと言われる男女が親の反対で引き離されたが、男が女を連れ去り逃げたものの、途中で女は鬼に食われて死んでしまうという描写をしています。
しかし、本当にこの男女は相思相愛だったのか。
こういった筋をつけることで、男の行動をロマンティックに粉飾しているだけではないか。
これを「拉致」と言い換えれば女の気持ちはどのようなものであったのか。
この物語では、鬼に食われたというのは実は女の家族が取り戻しに来て捕まえたと説明しています。
本当はそうであったのかもしれませんが、このような嫁盗みの物語の最後はどちらかの死で終わらせるというのが決まりだったようです。
源氏物語には、このような「嫁盗み」が頻発しています。
若紫はその後紫の上として一応光源氏の正妻となりますが、これも最初は親の承諾もなく源氏が拉致したものです。
源氏は他にも空蝉、夕顔も本人の気持ちも無視して連れ去るという常習者です。
柏木も光源氏の真似をするかのように、女三宮を無理やり御帳台から抱き下ろします。
これも拉致を意味することなのかもしれません。
このような対象の女性は特に源氏や柏木と親しくなっているわけではありません。
彼らがわずかな隙間から垣間見て、一方的に恋心を抱いて盗み出すという、現代でいえば立派な犯罪者です。
当時の婚姻のルールというものは社会的に定められていたのでしょうが、ほとんど面白みもないものであったということでしょうか。
それに比べればスリルとサスペンス、ロマンも備えた嫁盗みというのは、現実にどの程度起きていたのかは別として物語としては楽しまれたということなのかもしれません。
正規のルールで結婚したとしても、一夫多妻の風習の中では幸せになるとも言えないのかも。
もちろん、嫁盗みで結ばれたとしても幸せは約束されません。紫の上のように。