爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「誰が音楽をタダにした? 巨大産業をぶっ壊した男たち」スティーヴン・ウィット著

「そう遠くない昔、音楽は有料だった」

訳者あとがきにこう書かれていますが、これは私たちのような中高年にとっては言われなければ気付かない盲点のような、そしておそらく若者たちにとっては新鮮な驚きなのでしょう。

いつのまにか、「音楽は無料」になってしまった。

かつてのように、なけなしの小遣いを少しずつ貯めてようやく高価なCD(そしてその前はレコード)を買うことができたのが、何やらアッという間に無料で聞くことができるようになってしまった。

それにまつわる様々な人々の伝記が書かれている本です。

 

まず、「mp3」というものを作り上げ、世に出していった人々について。

これはドイツ人のカールハインツ・ブランデンブルクという人物が中心となって作り上げました。

音楽のデジタル化というものは、1982年にコンパクトディスクが世に出た時に歩き出すというよりは駆け出したのですが、その当時にすでにこのデジタル化技術は無駄が多すぎると感じている人がいました。

ドイツ人の音響心理学者のディーター・ザイツァーですが、彼の弟子がブランデンブルクでした。

音楽CDでは1秒のステレオサウンドに140万ビットのデータを使っていたのですが、それを少なくとも12分の1に圧縮しようとしました。

それには不要な部分、連続したデータ、重複するデータをできるだけカットするアルゴリズムを採用する必要があります。

彼らはその試行を繰り返し、自然に聞こえるものを追い求め、ようやくmp3を作り上げました。

しかし、先行するmp2という手法との競争に一時は敗北し、捨て去られるところでした。

その当時の機器のスペックではmp3は重過ぎるという理由でした。

ところが、捨てられようとしたmp3の技術レベルの高さに惚れ込み、ゲリラ的に使い始められ、結局はmp2との立場は逆転したのでした。

 

本書のもう一つの柱は「海賊」です。

CDの新版発売に先駆けて海賊版を出してしまおうという、大がかりな海賊組織がいくつもありました。

彼らは色々な方面に触手を伸ばし、金で釣ってはリークさせていました。

ノースカロライナ州のキングスマウンテンにあったCD製造工場に勤めていたグローバーとドッカリ―という二人の若者は、一見まじめに仕事をしていたのですが、やはり金を稼ぎたいという欲望に敗け、製造中の新版のCDを持ち出し闇で販売するということを始めました。

工場もかなり警戒しており、退勤時の身体検査などかなり気を使っていたのですが、グローバーはその隙を発見し、さらに真面目な仕事ぶりで自らが昇進してからはやりたい放題となってしまいます。

それが、海賊版CDの作成程度であればまだ被害は少なかったのですが、mp3ファイルとしてネット流出が主流となったら、もはやCDの売り上げは大幅に減ってしまいます。

かくして、巨大産業であった音楽業界は軒並み縮小、廃業に追い込まれて行きました。

 

mp2に比べればはるかに音質が良いと言われたmp3ですが、それでもCD原盤に比べればはるかに劣るとは、特に音楽関係者からは指摘されていたことでした。

しかし、実際には多くの聴衆はそれほど高い音質を求めているわけではありませんでした。

ほんの少し前まで、彼らの多くは自宅の安物のプレーヤーで傷のついたレコードを聴き、AMラジオで音楽放送を聞いていてそれで十分に満足していました。

その人々にとってみれば、mp3でも十分な音質と言えるものでした。

 

本書では、音楽がタダになったことで音楽産業の企業が大きな痛手を蒙ったことは述べられていますが、ミュージシャンに金が回らなくなったことはあまり触れていません。

そちらが大きいように感じますが、そこはどうするのでしょうか。