著者は物理学者でありながら、ミュージシャンでもあるという人です。
そのため、音楽全般に関するエッセイでありながら、よくある本のように音楽の芸術面の話を感覚的にするだけでもなく、音の波形や振動を物理的に説明するでもなく、ほどよく双方のポイントを散りばめながら、ユーモアを交えるという上質のものになっています。
絶対音感についての話は興味深いものです。
ヨーロッパやアメリカではあまり見かけられないとか。
それに対し、中国やベトナムでは珍しくありません。これらの国の言語は音のピッチというものが言葉の意味と深く関わるために、その面での才能が磨かれるようです。
ヨーロッパでも絶対音感というものを持っている人は、音楽家と普通の人のごく一部に居るそうですが、ただしメリットもそれほどないそうです。
プロの歌手なら田舎道を歩いている時にも練習できることくらいだとか。
今日、絶対音感を持っているという人は1939年に決定された標準的な西洋のピッチを記憶しています。
それ以前には各地のピッチは統一されておらず、他国に行った音楽家はそれに悩まされたとか。(それが戦争の原因だったというのは著者特有のユーモアでしょう)
モーツアルトはおそらく絶対音感を持っていたでしょうが、今の私たちが「A」と呼ぶ音はモーツアルトは「少し外れたBフラット」と認識したはずです。
さまざまな楽器はその特有の音色を持っています。
基本周波数が一緒であれば木琴とサキソフォーンのある音を「同じ音」と認識しますが、その音色はまったく違います。
この音の波形を見てみるとかなり違います。
フルートはかなり純粋な波形のようです。一方、バイオリンは基本周波数の波形に様々な波が組み合わさっています。
人間は純粋な波形の音を好むわけではありません。逆に複雑で不純な波形が入り込んだ音の方を好む傾向がありそうです。
和音とハーモニーということは楽器の合奏や合唱、そして一度にいくつもの音を出せる楽器(ピアノやギター)で重要なものですが、2つの音を同時に聞いて心地よいかどうかが基本となります。
1オクターブ離れた2音は間違いなく心地いいのですが、半音離れただけの2音は同時に聞くと不安定に聞こえます。こういった関係を組み合わせて和音と言うものが作られます。
西洋音楽と非西洋音楽の一番大きな差は、この和音を積極的に使うかどうかです。
西洋音楽では多くの和音を使うのですが、インドや日本の伝統音楽は、メロディを奏する楽器に自由な動きを許す方式を取りました。
インド音楽ではメロディ楽器に打楽器といくつかの低音伴奏をつける形になりました。
ただし、インドでも日本でも最近は西洋音楽風の音楽に移行しているようです。
同じ長調の曲でも、調性によって曲の雰囲気が変わると言う思い込みが長く続きました。
かつての有名な作曲家でも、暗い雰囲気の曲は変イ調で、明るい曲はイ調で作っている例がありますが、この差もどうもなさそうです。
絶対音感の無い学生たちにさまざまな曲を聞かせると、調性には関係なしに曲の雰囲気通りに聞き分けるだけだということです。
昔の思い込みで作曲家も曲を作ったためにその観念が残ってしまったようです。
音楽の聴き方という項目では、よく聞かれたあの質問が取り上げられています。
「LPレコードとCDはどちらが優れているか」
そして、その次には
「CDとMP3はどちらが優れているか」
どちらも、ほとんどの人には違いが分からないそうです。
実際に曲を聴くばかりでなく、たまにはこういった本を読んでみるのも音楽の楽しみ方なのでしょう。
響きの科学―名曲の秘密から絶対音感まで (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)
- 作者: ジョンパウエル,John Powell,小野木明恵
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2016/08/05
- メディア: 文庫
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