爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「日本の海はなぜ豊かなのか」北里洋著

日本の沿岸は、乱獲で獲れなくなった魚種が多いのはともかく、非常に様々な生物に富んでいるらしいということは感じていました。

地中海などは海藻もあまり生えず生物に乏しいと言うことも聞いたことがあります。

 

しかし、本書によるとその感覚は正しく、2006年より開始された世界中の海洋生物の多様性を調査すると言うプロジェクトによると、日本のEEZ内の水域には海洋生物の記載種が、3万3629種存在したそうです。

これは、現在知られている海洋生物の種の約25万種のおよそ13%にあたり、世界でもっとも海洋生物相が豊かであると言えるそうです。

 

本書はこのような日本沿岸の生物種多様性がなぜ生まれたか、そしてあまり馴染みのない深海生物の紹介や人間の活動との関係、さらにこのような多様性も失われる可能性があり、それを守るためにやるべきことが述べられています。

 

ある環境において、非常に目立ち人間の関心を集めやすい「スタープレーヤー」とでも言えるような生物が存在します。

遠浅の砂浜のアサリ、深海の海底のシロウリガイ、南西大西洋ではアルビンガイなどがそれにあたります。

しかし、そういったスターはほとんどの場合その生態系を支える鍵となっているわけではありません。

その場の生態系の鍵を握る生物のことを「キーストーン種」と呼びます。

人間を含む生態系では、人間はスタープレーヤーですが、キーストーンではありません。

実は「ミツバチ」がキーストーン種という考え方もできるそうです。

人間は居なくなってもこの生態系は維持できますが、ミツバチが居なくなると生態系が壊滅するからだそうです。

 

それでは海の生態系のキーストーンは何かというと、海洋表層では植物プランクトン、深層では原生生物などの微生物、深海底ではメイオファウナ(小型底生生物)で、いずれも有機物を分解し無機化するとともに、大きな生物の餌となることで生態系を維持しています。

 

日本近海の海洋生物の多様性が豊富な理由の一つには、地質が多様でありそれがパッチワークのように併存しているからということです。

このように多様な地質が見られるところは世界でも珍しいものです。

これは大きなプレートが集まって沈み込んでいく地形のため、各地で作られた地質が複雑に配置されるようになったからです。

地質が多様であると、そこに住む生物も多様になります。

 

また、プレートの境界域であるために、火山活動も活発で、海洋の中にも栄養に富む湧水が吹き出しているところが数多くあり、さらに熱水活動も盛んな場所があります。

こういったところには独特の生物が活動しており、さらに多様性を増しています。

 

日本海側はまた別の要因があり、これは日本海の出来方の特殊性によります。

日本海の中央の日本海盆は深さが3800mとかなり深いのですが、日本海への入り口の海峡はいずれも100m程度の浅いものです。

つまり、日本海の海底地形とは寝そべって入るバスタブのような形なのです。

したがって、日本海の深海部には太平洋の深層水流入しません。

日本海の水塊を日本海固有水と呼び、低温、低塩分、高溶存酸素量という特徴があるそうです。

 

日本海は1600万年前に大陸から日本列島が分離した際にできました。

その初期には現在の対馬海峡側は陸続きであり、日本海は北に開いた入江であったようです。

したがって、親潮系の冷たい海流が流れ込み、栄養塩の濃度が非常に高く、そのために珪藻を中心とする生産性が高いものでした。

それが、現在でも北陸地方に多く産出する珪藻土の形成の原因でした。

その後、対馬海峡から暖かい海流が流入し、複雑な生物相が生まれました。

 

しかし、このような海洋生物の多様性も人間の活動で危機にさらされています。

プラスチックごみの海底への流入も問題となりますし、海底のレアアースメタンハイドレートなどの資源を利用するとなれば生物多様性などは破壊されます。

また、海底ケーブルや海底ステーションの設置で環境破壊された例もあります。

 

このために、海域の10%を海洋保護区としようとする動きもありますが、厳格に海洋保護と言うことができるかどうかも不明です。

まだまだ海洋環境の保護ということへの関心は低いようです。

 

日本の海はなぜ豊かなのか (岩波科学ライブラリー)

日本の海はなぜ豊かなのか (岩波科学ライブラリー)