爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「時を刻む湖 7万枚の地層に挑んだ科学者たち」中川毅著

考古学的な時間の計測のために、炭素のアイソトープ14Cというものが使われますが、そこにはどうしても誤差が付き物でした。

大気中の14Cの濃度が一定であると仮定し、それが動植物に取り込まれると徐々に崩壊していくためにその濃度が減っていくのでその動植物が生きた時代が特定できるという方法ですが、大気中の14Cの濃度が実は一定とは言えないということが分かってきました。

 

とはいえ、考古学的資料の絶対年代の測定には他に良い方法も無いために、このアイソトープ計測というのは不可欠な方法です。

そこで考えられたのが、大気中の14Cの濃度の変化を追認できるような資料を求めることでした。

木材には年輪というものがあり、年代とアイソトープ濃度の対照が得やすいということで様々な資料の測定を行ない、アイソトープ濃度と絶対年代の補正(カリブレーション)が行われましたが、ヨーロッパでは12500年前が壁となりそれ以上古い資料は得られませんでした。これは、その時期がヨーロッパでの氷河期の終了時であり、それ以前は氷河に覆われ木が生えていなかったためです。

 

それ以前の資料が何かないかということを世界中の研究者たちが探していた所、日本の福井県三方五湖の一つ、水月湖という湖の堆積物がそれに最適だということが分かってきました。

湖では、夏にはプランクトンが繁茂しその死骸が堆積し、秋から冬にかけては鉄の炭酸塩が堆積するために、毎年繰り返し堆積物が積もっていきます。

それが、まるで年輪のように積み重なるために、「年縞」というものを形成します。

 しかし、たいていの湖ではそれがすぐに撹乱され崩されることになるのですが、水月湖にはきれいに積み重なっていく条件がすべて完備していました。

すなわち、四季の気候がはっきりしていること、流入する川がなく乱されないこと、生物が住みにくく活動により壊されないこと、さらに徐々に沈下する断層形成作用のために埋まらなかったことというものでした。

 

そのような条件であることが最初から意識されて発掘されたわけではなく、偶然に著者の中川さんの師の安田喜憲氏(現在立命館大学)が別目的で調査したものが、きれいな年縞を示していることに気付いたそうです。

なお、この「年縞」という言葉もそのときに安田氏が使い始めたということです。

1991年に発掘を始めてきれいな年縞のある堆積物を得ることができました。しかし、当時はまだそれをどのように活用していくかということもはっきりと方針が決まっていたわけではないようです。

この資料にはざっと見積もって7万年分の堆積物がありました。単純にその数を数えるだけでも相当な手間と時間がかかります。研究者の仕事をそれだけにかける価値があるのかどうかも難しい話でした。

 

様々な紆余曲折があったようですが、これが14C(カーボン14法)による年代測定法のキャリブレーションに使えるのではないかと考え、世界各国の研究者たちの協力も得て、それの完全に近い校正が可能となったのは、本書著者でもあり、この研究の指導者であった中川さんの洞察力と構想企画能力、さらにリーダーシップの為せる技であったのでしょう。

 

この業績のおかげで、これまでカーボン14法ではどうしても年代測定の誤差があると言われてきたものが、その誤差を桁違いに小さくできることになりました。(ただし、資料の選定に問題があれば別ですが)

考古学の発展のために非常な力となるものです。

 

こういった仕事を成し遂げた人の言葉を直接聞くことができるような、本書の価値は非常に高いものと言えるでしょう。

その仕事も決して楽な道ではなかったということもよくわかります。またその障害を乗り越える課程も細かく触れられており、興味深いものです。

(まあ、自分に都合の悪いことは書いていないかどうかは知りませんが)

 

時を刻む湖――7万枚の地層に挑んだ科学者たち (岩波科学ライブラリー)

時を刻む湖――7万枚の地層に挑んだ科学者たち (岩波科学ライブラリー)