人類の歴史には環境と言うものの影響が非常に強いということは、特に環境激変と言われている現在では共感する人も多いのでしょうが、これまでの歴史学界ではそれをあまり意識されることが無かったようです。
しかし、どう見てもそれを考えて行かなければ歴史の正当な評価もできないということで、環境というものと歴史との関係を強く意識してきた御三方が、2000年の時点で鼎談をした内容がこの本となっています。
石さんは環境学、安田さんは環境考古学、湯浅さんは比較文明史が専攻ということで、それぞれの興味の対象には差があるようですが、それを突き合わせることで新たなものが生まれたのでしょうか。
歴史学の中で環境の影響を考えることが、これまでは不当に排除されてきたということは、これまで読んだ安田さんの著書の中でも触れられていました。
特にマルクス主義的な歴史観からはそれを強力に批判されてきたのですが、最近の環境破壊や環境変化というものの激化から、振り返って歴史にもそれを投影するという考え方がようやく認知されるようになってきたということです。
鼎談の最初のところでは、安田さんの重要な業績である、福井県水月湖での「年縞」の発見とそれによる精密な年代の決定も触れられており、それにより細かい気候変動の様子も確定的に見ることができるようになったことが強調されています。
その後は、20万年前と言われているホモサピエンスの出現からの歴史における環境の影響というものを概観していきます。
ネアンデルタール人とホモサピエンスの比較ということでは、ネアンデルタールは非常に優秀な狩人で石器も素晴らしいものを使っているのですが、彼らは必要以上に動物を殺していないということが紹介されています。
それに比べて新人では食糧とする以上に動物を殺しているようです。
どうやら、ネアンデルタールとホモサピエンスはこの心理に大きな変化ができたのではないか。
縄文人は定住はしたものの農耕を始めたという証拠は見つかっていません。
その理由として、どうも1万2800年前のヤンガードリアス寒冷期の寒冷化というものが日本列島では影響が少なかったようです。
そのため、食糧危機が大したものではなく、あえて農耕を始めなければならない環境では無かったようです。
また、日本列島には禾本科植物の野生種というものが少なかったことも理由だったようです。
中東ではレバノン山脈の標高1000m以上のところにかつてはレバノン杉の森林が広がっていました。
これをエジプト、メソポタミア、ローマの各時代に船などの材料に使われて森林は皆無となりました。
レバノン山脈の東側の方が伐採と運搬に有利だったために早くに刈り尽くされ、伐採しにくかった地中海側は比較的残ったもののローマ時代にはすべて使われたそうです。
中世から近代、そして現代までの記述では、「環境史」というよりは西欧の「牧畜民文明」による世界制覇がいかに悪辣で世界環境を悪化させたかという話が多くなります。
牧畜民は家畜などを思いのままに操る術に長けているため、人間も奴隷化、征服地も植民地化ということになるのだそうですが、どうもあまりにも一面的な類型化のようで、分かりやすい話ではあるものの、ちょっと話を簡単にし過ぎているかなと感じさせるものでした。