レアメタルという用語は日本独特のようで、非鉄金属の中で銅やアルミニウムといったベースメタル、および金銀の貴金属を除いたものを指しますが、これは英語ではマイナーメタルと呼び、英語でのレアメタルは日本でのレアアース、すなわち希土類元素を指すそうです。
しかし、本書ではこのマイナーメタル全体について記述されています。
現代社会はIT化、脱炭素化などの動きを強めていますが、これらの技術のあちこちにレアメタルというものが必須となっています。
冒頭の口絵に「電気自動車に使われているレアメタル」という図がありますが、モーター・発電機にネオジム、ブラセオシム、テルビウム、触媒コンバータにセリウム、ジルコニウム、ランタン、UVカットのガラスにセリウムと、あちこちに使われています。
化石燃料をふんだんに使ってきたこれまでの産業が、二酸化炭素排出の問題で変わろうとしていますが、その先には太陽光発電、電気自動車などのいわゆる再生可能エネルギー技術があります。
しかし、それの各所に必須となっているのがレアメタルなのです。
レアメタルには多くの種類がありますが、その中にはネオジム、サマリウム、ジスプロシウムなどのように磁石の磁力を非常に高めるためにモーターなどの高性能化に必須のものがあります。
また化学的・光学的性質、および触媒作用に特色のあるものも多く、産業的に高度な技術のために不可欠となっています。
さらに電気通信技術にとっても半導体の原料となり欠くことのできないものです。
化石燃料からの転換を「グリーンエネルギー」などと言うことがありますが、それに代わる産業に必須のレアメタルは、その生産過程に決して「グリーン」とは言えない部分が含まれています。
現在、世界のレアメタル生産の大半が中国に集中しています。
しかし、中国でのその現場は多くの化学薬品を使い、労働者に適正な防御策を取ることもない、きわめてダーティな生産体制であり、だからこそ格安のレアメタルを供給できることになります。
レアメタル生産はかつてはアメリカやフランスなどでも実施されていました。
しかし、鉱石の中の極めてわずかなレアメタルを精製するために大量の残渣が排出され、さらにそれに使う化学薬品の廃棄も問題となりました。
しかも多くのレアメタルは放射性物質も付随するためにその影響も危惧されます。
それらの危険性に対処するには多くの安全装置が必要となり、多額の費用がかかるためにレアメタルのコストに跳ね返り高価なものとなりました。
しかし、中国はそういった環境対策をほとんど行わず、労働者もほとんど防護服もなしに働かせるようにあ状況で、欧米とは比べ物にならない低価格で生産できることとなり、欧米の生産者はほとんど撤退せざるを得なくなりました。
こうなると、中国のレアメタル生産独占状態となり、レアメタルをめぐる産業に対しての中国の影響力も強化されました。
中国は、レアメタル供給で支配的立場を得るだけにとどまらず、それを使う産業も自国に囲い込もうとしました。
そしてその際には様々な技術も中国に移転させることを条件として課し、結果的にはレアメタルを使っての産業自体も世界的に独占しようとしています。
これまでの何十年にもわたり、原油価格を左右してきたのは石油輸出国機構(OPEC)というものでした。
しかし、OPECの原油生産高は世界の原油生産の41%に過ぎません。
その程度でもあれほど強力な影響力を駆使できました。
それに対し、現在の中国のレアメタルのシェアは非常に高く、いくつかのレアアースでは95%以上になるものすらあります。
1992年にすでに鄧小平は、「中東には石油があるが、中国にはレアアースがある」という言葉を遺しました。
現在に至るまで中国はその意識を強く持って外交政策を展開しているようです。
それを露わに示したのが、2010年の尖閣諸島をめぐる紛争の時に示した、日本に対するレアメタル禁輸処置でした。
デジタルテクノロジー、グリーンテクノロジー、電力貯蔵、輸送部門、さらに宇宙産業、軍事産業に至るまで、今後の社会ではレアメタルの必要性がさらに高まっていくようです。
そればかりか、メジャーなメタルやコンクリート、ガラスなどの素材も需要が増え続けます。
フランス国立科学研究所の、オリヴィエ・ヴィダル氏は今後の産業に必要な資源について試算しました。
風力発電には「32億トンの鉄、3.1億トンのアルミ、4000万トンの銅」が必要となる。
さらに太陽光発電や水力発電でも現在のエネルギー供給システムよりかなり多くの資源を必要とするそうです。
レアメタルでは2040年までにテルルが5倍、コバルトが12倍、リチウムが16倍、レアアース類が3倍必要となるそうです。
中国がおとなしく供給したとしても間に合う量ではないようです。
どうやら、現在の様々な新規テクノロジーには大きな落とし穴が待っているようです。