爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「上方落語ノート 第一集」桂米朝著

三代目桂米朝は、「上方落語中興の祖」と呼ばれ、人間国宝にもなりましたが、上方落語の様々な話題を数多く蒐集していました。

それを後世に残そうとまとめたのがこのシリーズで、1978年米朝が50歳を越えたあたりの年齢の時期です。

 

内容は落語だけでなく関連する芸能のことにまで広がり、この第一集でも講談やお茶子さん、お囃子方のことにまで筆は及んでいます。

 

日々の公演に追われていると記録というものはあまり意識されないものでしょうし、その関係者もすべて死んでしまった後になると何も残らないということにもなります。

本書の基になる雑誌の連載が書かれてからもすでに40年以上が経過しており、著者のみならず登場している多くの人物は鬼籍に入ってしまいました。

今でもこの本によってかつての上方の芸能界のことを知ることができるということは貴重なものでしょう。

 

この第一集で取り上げられているのは、

「花柳芳兵衛聞き書」「二代目旭堂南陵聞き書」「戦後の上方落語家たち」「ネタ裏おもて」「寄席のお茶子さん」「寄席のお囃子」などと言った内容です。

 

花柳芳兵衛という人は明治後期の生まれで大正から昭和にかけて活躍した人ですが、最初は落語家であったものが三友派の分裂や吉本興業との対立など様々な経緯を経て最後は落語界とは縁を切って舞踏家となったということです。

周囲に居た様々な人々の話を語りました。

 

二代目旭堂南陵明治10年の生まれで昭和40年に89歳で物故された講釈師ですが、米朝さんも若い頃から可愛がってもらい古いことを教えてもらったということです。

神田伯龍という名前についての話など、複雑な経緯がありよく覚えていたものと感心します。

 

落語家などの名前は独特の読み方をする場合もあり、覚えていないと間違えそうです。

佃屋白魚(シラウオ)、七昇亭花山文(カザブン)、桂米若(ヨネジャク)等々。

歌舞伎でも芝鶴は「シカク」ですが、芝雀は「シバジャク」です。

上方歌舞伎の中村松若は「ショジャク」と読みます。

「ショウジャク」ではなく「ショ」と詰まるのは落語のショカクと同様ですが、ここには関西弁の特徴があるそうです。

 

上方落語には芝居噺というのがあるのですが、東京落語では芝居噺というと人情噺を進めて行って最後にあるきっかけで芝居がかりとなるというものですが、上方では鳴り物囃子が入るのは普通なので、特に芝居の筋書きなどをそのまま取り入れるようなものを芝居噺と呼ぶそうです。

 

東京と上方の対比では、若旦那の扱いに差があり、東京ではおとなしく頼りないのに、上方では放蕩息子であってもかなりしっかりとしているということです。

またお嬢さんは東京では積極的でおきゃんな性格に描かれる一方、上方では本当の箱入り娘という観があるとか。

 

さすがの米朝さん、落語だけではない奥深さがあったようです。