爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「『法の支配』とは何か」大浜啓吉著

「法の支配」という言葉を聞くことがあります。

為政者の恣意的な行動を防ぐため、きちんと決められた法律に従って政治をしていくことだろうなといった程度の認識だったのですが、法学の理論的には色々な問題があるようです。

そういった点について、行政法が専門の法学者の大浜さんが詳しく書かれていますが、微妙な点が多いようです。

他の法学者の学説といったものも数多く紹介されていますが、それのどこがどう違うのかも良く分らない状態ですので、本書の価値を読み解くには程遠い状態でした。

 

そんなわけですので、著者の主張のポイントを分かり易く整理するなどということはあきらめて、印象に残った部分だけを紹介しておきます。

 

まず、「法治国家」と「法の支配」の違いです。

どっちも似たようなものといった印象だったのですが、学問的には相当差があることのようです。

法治国家はドイツ語でRechtsstaatで、明治国家の統治原理を示すものでした。

それに対し、法の支配は英語でrule of law 現在の日本国の統治原理です。

この二つは基本から大きく異なるのですが、敗戦のどさくさに紛れて政府の行政組織はかなりの部分が流用されたため、特に行政法の分野では違いがあやふやにされて明治国家の法律解釈がそのまま生き続けたということがあったようです。

 

明治国家は江戸時代に各国と結んだ不平等条約の改訂を目指しましたが、そのためには国内の体制整備が不可欠であり、特に憲法を中心とした法体系の整備は文明国として果たさなければならないものでした。

そのためにも、憲法の制定、関連法の整備が急がれたのですが、そこで明治政府が参考にしたのは、幕末から関係の深かったイギリスやフランス、アメリカではなく、当時としてもかなり後進的なドイツの立憲君主制でした。

しかし、そのドイツの法制度もそのまま取り入れたわけではありません。

外観的にはドイツの立憲君主制を取りながら、基本的には宗教色の強い絶対主義的な中央集権体制(神勅主義君主制)が選択されました。

多くの点で天皇にすべての権力が集中するように作られ、しかも天皇自身は積極的に関与しようとしないという体制が作られたのです。

このような統治原理が「法治国家」でした。

 

これに対し、敗戦後にアメリカの指導?によって作られた日本国憲法アメリカ型の「法の支配」によるものでした。

本来ならばその時に立憲君主制下の行政法理論を徹底的に洗いなおして新しい概念にふさわしい法理論に変えなければならなかったのですが、そのような取り組みをする余地はありませんでした。

 

本書ではその「法の支配」というものがどのような歴史で作られてきたか、イギリスとアメリカの経緯をたどりながら説明されています。

アメリカの特殊事情、植民地にたどりついた多くの人々が理想的に組み上げていった政治体制であることなど、納得できるものもあります。

 

最後に現在の日本の政治体制のどこが問題となるかという点にも触れられています。

衆議院小選挙区比例代表並立制という選挙制度にしたのが、内閣と議院との関係や国民の意思の政治へのつながりを絶つことなど、多くの問題点を含んでおり間違いであったという主張は、私も以前から思っていたことと同じでした。

専門家の意見が自分と同じであるとなにやら無性に嬉しくなる、単純な私です。

民主制度を一番活かすのは「比例代表制」だといのも同意見です。

 

非常に高度な法学の説明がなされていると感じました。

ちょっとレベルが高すぎたようです。

なんとなく、ぼんやりと今の政治体制は間違っているという印象だけは得られました。

 

「法の支配」とは何か――行政法入門 (岩波新書)

「法の支配」とは何か――行政法入門 (岩波新書)

  • 作者:大浜 啓吉
  • 発売日: 2016/02/20
  • メディア: 新書