安倍退陣表明の前に、内田樹さんに何社かから「安倍内閣の総括という記事を書いてくれ」という話が舞い込んだということは書きました。
どうやらその記事が無事陽の目を見たようで?、「内田樹の研究室」に掲載されていました。
blog.tatsuru.com表題は「安倍政権の7年8か月」となっていますが、おそらくその記事でしょう。
これを一言で要約するなら、冒頭の一文がぴったりだと言えます。
安倍政権7年8カ月をどう総括するかと問われたら、私は「知性と倫理性を著しく欠いた首相が長期にわたって政権の座にあったせいで、国力が著しく衰微した」という評価を下す。
これまでも安倍内閣について数々の厳しい批判を繰り広げてきた内田さんらしい文章で、的確に言い当てています。
他国からどう見られているか、敬意を持たれているかといったことを気にする日本人は多いようですが(なにやら変なテレビ番組もあふれています)実際には他国からの敬意は失われる一方でしょう。
そして、その一番の理由は
それは日本人が「倫理的インテグリティ(廉直、誠実、高潔)」というものに価値を見出さない国民だと思われているからである。そして、倫理的なインテグリティを重んじないと思われている国は、いくら金があろうと(もうあまりないが)、いくら軍事力を誇ろうとも、いくら「日本スゴイ」と自ら言い募っても、誰からも真率な敬意を示されることがない。
ということです。
つまり、自らが倫理的インテグリティというものを大切にしない国民だと見られているからこそ、敬意も持たれないということです。
必ずしも安倍政権に全面的な支援をする気はなかった国民は、仕方なしに投票し多数を取らせた政権のやり方を見ているしかなかった。
そこで彼らは多数を得たのは自分たちが正しいからだと勘違いし、何でもやり放題をやってしまった。
そこで国民は(ごくわずかな例外を除いては)政権への積極的な支持意識を持てなくなり、消極的な支持だけとなった。
それが、この国難とも言える事態になって表れてきたのでしょう。
「国難的時局において必要なのは、指導者が国民全体の福利と健康と安全をめざしていると「信じさせる」ことである。」
本当はどうであっても、とにかく「信じさせる」ことができれば国民全体として国難に対処できるのですが、この政権に対してはそれができない。
議席は取らせても、信頼はしていなかったという複雑な心理だったということでしょう。
私もずっと書いてきたように、「こんな政権に投票をすると大変なことになる」ということです。
野党に政権を取らせるのも嫌だという思いは良く分かりますが、しかし「政権にお灸をすえる」ことを怠るべきではなかったのでしょう。
それもできないままここに来てしまったということです。
後悔するのはこれからです。
後継首相に誰がなろうが同じことでしょう。