爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「サツマイモの世界 世界のサツマイモ」山川理著

著者の山川さんは農林省農業試験場にてサツマイモの品種改良などにあたり、多くの業績をあげた方です。

サツマイモはかつては「ホクホク」のものがほとんどであったと思いますが、現在では特に焼き芋には「ねっとり」とした食感のものが多くなっています。

その「ネットリ系」サツマイモの品種開発を率先して成し遂げたということです。

そのため、サツマイモだけに留まらず農産物、加工食品などの開発についても確固とした意見をお持ちのようで、参考になることが多いように思います。

 

サツマイモは1万年くらい前には中南米で食べられていたことが分かっています。

その後、数種のルートで世界中に広がり、日本には400年ほど前に入ってきました。

新参者ではありますが、気象条件が悪くても栽培可能であり、肥料もほとんど不要、(かえって肥沃な土地ではうまくできない)さらに非常に高い生産性であり、救荒作物として多くの人の生命を救ってきました。

ただし、それがちょうど太平洋戦争末期から終戦後の食糧難の時代にはビッタリであったために「コメがないから仕方なくサツマイモを食べた」と言うマイナスイメージが広がってしまい、悪い印象を持つ人も多いということになってしまいました。

 

しかし、いまやサツマイモはホクホク系(紛質)のものからネットリ系(粘質)へと主流の品種が交替し、また紫やオレンジの色のものも好まれるなど、多様化が進んできました。

世界的にも中国やアメリカでは新たな時代を迎えて栽培面積を広げており、サツマイモ全体としても大きく姿を変えようとしています。

 

 

日本人がサツマイモに持つイメージの多くは戦中戦後の食糧難の時代にコメがなくて食べさせられたものというものでしょう。

この品種は、ほとんどが沖縄100号と言うものだったのですが、誤って「農林1号」と思い込んでいる人も多いようです。

本当は、農林1号は品種改良されて沖縄100号に代わって栽培されたものです。

その後、さらに高系14号(ブランド名:鳴門金時等)に代わっていきます。

 

実はこの沖縄100号と言うのが、「ネットリ系」の特徴を持っていたのですが、現在の優れた品種とは異なり、単に「べちゃべちゃしてまずい」ものであり、それが「ねっとり」は不味く「ほくほく」が美味いという印象を形作るもとともなりました。

 

ネットリ系の芋は、デンプン含量が高すぎず、それが熱で溶けやすいこと、そしてβアミラーゼと言うデンプン分解酵素の活性が高いことが必要な特性です。

ネットリ系の代表品種の「べにはるか」はβアミラーゼ活性が非常に強く、デンプンを分解しとても甘くなります。

一方、ホクホク系の代表種の「ベニアズマ」はβアミラーゼ活性がはるかに低い値になります。

ちなみに、焼酎用のサツマイモはデンプン含量が高くなければいけないので、ねっとり系のものではできません。ホクホク系のコガネセンガンがよく用いられますが、最近ではそれより収量が多いダイチノユメやコナホマレが開発されています。

 

戦後に高まったホクホク感優先のサツマイモ嗜好は、1981年のベニアズマ出現で最高潮に達しました。(そして最終局面でもあります)

家庭料理として調理しすぐに食べるのであれば美味しいのですが、焼き芋屋から買ってきて食べる場合は、実はこの品種は不適当な面があります。

それは、冷えると固くなって食べにくく、喉に詰まりやすいというものです。

しかし、2000年頃にはどこを見てもホクホク系のベニアズマなどの品種しかありませんでした。

著者は当時に種子島に行った時に、安納芋を知り、その柔らかくネットリして甘い品質がその後絶対に売れると確信し、品種改良を進めることを決意します。

 

しかし、当時は市場の専門家たちは皆「ホクホクの芋が美味しい」と言う固定観念に囚われ「ねっとり」した芋など認めようとしませんでした。

そのため、ねっとりの芋が出現しても市場関係者の評価は低かったのですが、実際に消費者に焼き芋を食べさせてみれば圧倒的な支持を得ることができ、それでようやく市場にも広がっていったそうです。

 

この点につき、著者は他にも焼酎やコメの例を引いて、「専門家」と言われる人たちの頭の固さを指摘しています。

焼酎でも紫イモを原料としたものを作ったのですが、コガネセンガンで作られた焼酎が最上と言う固定観念に凝り固まった専門家たちは紫イモ焼酎の香りを「雑味がある」と批判しました。

しかし、これも消費者の受けが良く売り出せば爆発的な売れ行きを見せました。

コメでもコシヒカリが最上というプロの固定観念が、新たな品種の開発を妨げている例がいくらでもあります。

 

この辺の事情は、私もかつて「一応」焼酎の製造者側で専門家ヅラをしていましたが、おっしゃる通りの事情が存在しました。確立された品質に近いものが上等と言うのが評価基準にされてしまうというのはよくある話でしょう。

 

 

サツマイモは植物としての特性も非常に優れたものを持っています。

太陽エネルギーを取り込む能力が高いため、収量性が極めて高く、コメの3倍くらいは収穫できます。

また、干ばつや水害、病虫害に強いのも利点です。

肥料もほとんど必要としません。

また、調理が簡単でしかもビタミン・ミネラル・食物繊維などの栄養素が豊富です。

サツマイモに不足するのはタンパク質と脂質です。これらを補う食品と一緒に食べれば万全です。

さらに、連作障害をほとんど起こさないと言う重要な特性も持っています。

 

サツマイモの茎には、空気中の窒素を固定する細菌「内生窒素固定菌」が住んでいます。

豆類に共生している根粒菌は有名ですが、サツマイモにも同様の働きをする細菌がいるのです。

このため、窒素肥料は不要であるということです。

まったく肥料を与えないと言う条件下でも10aあたり500kg近い収量を何十年でも続けられるそうです。

そのような土地に小麦を植えると10cmほどにしか伸びません。ほとんど土壌の栄養分は無くなってしまっています。しかし、そこにサツマイモを植えればちゃんと収穫できるのです。

 

食料自給率が問題とされた頃、著者たちのグループに「もしも食料輸入が途絶えたら」と言う状況での食糧生産の可能性の検討をするよう命令されたそうです。

サツマイモをメインの食料とすることで、なんとか日本人全員を生き延びさせることが可能であるそうです。

なお、現在の食料自給率の低さは、家畜飼料をすべて計算に入れているためであり、もしも肉をすべて輸入するようにすれば、それだけでカロリーベース自給率は60%以上に上がるそうです。

 

サツマイモの原産地は、メキシコであるという説と、ペルーであると言う説があり、どちらとも確定はされていないそうです。

そこから世界中に伝播したルートにも3説あり、バタータス・ルートと言うコロンブスが持ち帰ったものがヨーロッパからアフリカに伝わったという説、カモテ・ルートと言う、新大陸の太平洋岸からスペイン人がフィリピンに持ち込んがと言う説、そしてクマラ・ルートと言う、ヨーロッパ人のアメリカ発見以前から、ポリネシア人が南米に到達してそこから持ち帰ったと言う説です。

著者は、様々な証拠からクマラ・ルートがメインであろうと推定しています。

それは、コロンブスなどはまったく価値を見出していない紫イモなどの有色イモが東南アジアのどこにでも多数分布していることから、確信を持っています。

 

なお、そこから日本に伝わったのはいずれにせよ中国を経由して400年前と言うことには違いはないそうです。

 

サツマイモの今後は、非常に広く有望なものであるようです。

私も芋焼酎が好みですので、うれしいものです。