副題にあるように「”生命”と”土”だけは、人類には作れません」は意外に思えることではないでしょうか。
生命はまだしも、土は何となく作れるような気もします。
しかし「土」すなわち土壌というものがどういうものか、それを本書で読んでいくうちにそれも納得できるでしょう。
著者の藤井さんは土壌学の研究者ですが、非常に広い視野の持ち主のようで、物理化学はもとより生物学遺伝学等々まで様々な視点を繰り広げ、土というものの本体について分かりやすく説明してくれます。
「土」とはいったい何なのか。
一言でいえば本書最初に示された定義「土とは岩石が崩壊して生成した砂や粘土などと生物遺体に由来する腐植の混合物」というものです。
つまり、「腐植」すなわちほとんどが植物の遺体から作られるものは5億年前まで地球上には無かったということから、それまでは「土」というものも無かったことになります。
ただし、それまでも地球はサボっていたわけではありません。
岩石を徐々に風化させて粘土というものを作り出していました。
粘土とは鉱物の大きさにより分類された粒子の中でも最も小さいものです。
2㎜以上が石レキ、2㎜以下0.02㎜までが砂、0.02㎜から0.002㎜がシルト、そして0.002㎜(2µm)以下のものが粘土です。
粘土は誰もが子どもの頃には遊んだはずですが、その詳細を知る人はほとんどいないでしょう。
しかし土というものには粘土が必須です。
粘土の成分は多様なものですが、ケイ素とアルミニウムを主に多くの元素が結晶構造を取り構成しています。
マイナスに帯電しているため多くの物質を吸着する性質を持っています。
そしてそれが生命誕生にも関わっていたようです。
有機物のアミノ酸や核酸などが環境内の反応でできたとしても、それがバラバラに存在していたのでは生命になりません。
ところがそういった有機物質を吸着したのが粘土でした。
粘土の上で密着したそういった有機分子が相互に反応して生命を作り出したのです。
いや、生命自体の構成分子として粘土が必要だったとも言えます。
生物は進化し植物を作り出しました。
その植物の遺体のごく一部が腐植というものになります。
ただし、現在でもその腐植の中にどのような物質が含まれているのかは明らかになっていません。
植物遺体が微生物により分解されるのですが、その微生物の遺体も腐植の成分でないかとも言われています。
そしてその腐植が粘土と混じり合い土壌となることで植物の生育はさらに容易になりどんどんと広がっていきました。
その後動物も加わりさらに土壌は発展していきます。
詳しい解説がされていますが、略します。
最後に「土を人工的に作れるか」という問題が論じられています。
月や火星に人類が進出し、基地を作ろうという計画が進んでいます。
そこでは植物を育てて食料を作り出すことが必要となりますが、そこには土壌というものが必要です。(全部を水耕栽培というわけにはいきません)
ところが農業に必要な土壌までロケットで地球から運ぶのも非現実的です。
そこで月や火星の岩石から土壌を作れないかという研究が為されています。
人工衛星の中の微生物を分析したことがありましたが、すべてが大腸菌などの人間由来の微生物でした。
腸内細菌などが土壌を作ることができるか。ダメとは言えませんが分かっていません。
土壌細菌と腸内細菌は色々な面で似ているのですが、本質的なところで大きく違います。
腸内細菌は栄養豊富な腸内でどんどんと増殖する力を持っていますが、土壌細菌はほとんど休眠したまま、たまに栄養があるとゆっくりと増殖するようです。
現在、世界中でそのような「土を人工的に作り出す」研究が進められているということです。
いやはや、土というものについて、自分が何も知らなかったということを思い知らされました。
