爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「うつも肥満も腸内細菌に訊け!」小澤祥司著

いささか品の無い書名ではありますが、端的に内容を示しています。

 

腸内細菌という、動物の大腸などに住み着いている細菌群が、実はその動物と共生と言っても良いほどの関係なのではないかと言うことは、最近世界中で研究が進められているようです。

私もこのところ他にも同じテーマの本を読みました。

「あなたの体は9割が細菌 微生物の生態系が崩れはじめた」アランナ・コリン著 - 爽風上々のブログ

「抗生物質と人間 マイクロバイオームの危機」山本太郎著 - 爽風上々のブログ

 

本書は細菌学名や生化学的知見など、やや専門的な叙述が多くある程度知識のある人向けではないかと思いますが、その代わり最低限の術語が分かる人にとっては飲み込みやすい描写になっていると言えるかもしれません。

 

このような状況になったのは、本書の最後に書いてあるように「メタゲノム解析」という研究手法が急速に進歩したことが影響しています。

かつては細菌など微生物を研究対象とするには、一種ずつ培地に取り上げて純粋培養しなければならなかったのですが、今では微生物の塊をそのままゲノム・シークエンサーという装置で自動的に解析し、コンピュータで処理することでそこにどのような細菌が棲息するかを調べることができるようになりました。

これは、腸内細菌群の解析といった用途にはうってつけの方法であり、多くの研究者が飛びついたのも当然でした。

そして、様々な方向にこのデータを用いて進んでいきつつあります。

 

本書ではそのような分野での研究成果の中から、ストレスとセロトニンと菌の関係、自閉症とGABA、食欲のコントロールと細菌、善玉菌・悪玉菌と免疫システムといった話を取り上げて説明しています。

これまではよく分かっていなかった理屈が、何か分かってくるような期待が持てます。

 

ストレスが高じて過敏性腸症候群IBS)という状態になってしまう人が多くいます。

神経的な影響が消化管に悪影響を及ぼし、下痢型、便秘型といった症状に現れるのですが、それがさらにストレスを悪化させることになりかねません。

ところが、それが「幸せホルモン」などとも呼ばれるセロトニンに関わっている可能性があります。

セロトニンが過不足することにより、下痢や便秘となるのですが、そのセロトニンの産生と代謝に腸内細菌が大きく関わっているようなのです。

その細菌種はクロストリディウム属であるらしく、いわゆる善玉菌ではないようです。

 

ロンドンのキングスカレッジの遺伝疫学教授のティム・スペクター氏とその息子のトムはトムの卒論実験のために自らの身体を使って腸内細菌調査を行いました。

トムは10日間毎食ファストフードだけを食べるという食生活を行い、実験前と後の腸内細菌の構成を調べたのです。

わずか10日間ですが、その影響は腸内細菌叢の崩壊とでも言うべきものでした。

実験前はフィルミクテス門の菌群が優先していたのが、実験後にはバクテロイデス門に置き換わりました。

ビフィズス菌類は半減し、何より種の数が40%も減少していました。

 

ハンバーガーやフライドポテトなど、脂質と炭水化物が過剰なファストフードばかりを食べていると、その栄養の偏りで肥満すると考えがちですが、実はこの腸内細菌叢の変化が真の原因なのかもしれません。

これはまだ仮説の段階ですが「肥満型腸内細菌叢」「やせ型腸内細菌叢」のようなものがあるのかもしれません。

 

 

文明社会ではほとんどのところでは乳幼児の頃から抗生物質投与を受けており、それで腸内細菌叢の中のある種の細菌が減ってしまうということになっています。

しかし、これまでにそのような薬剤投与は受けていないという、未開社会の人々の腸内細菌というものは研究者たちの興味をひきました。

ベネズエラの山中で、これまで知られていなかったヤマノミの部族を発見した研究者は大急ぎで調査に訪れました。

もしも、他の文明人が薬や食糧を持ち込んだら彼らの腸内細菌が狂ってしまうかもしれないからです。

そして、その結果は驚くべきものでした。

それは、アフリカの未開種族での傾向とも似ており、バクテロイデス門の菌の比率が高く、またイタリア人にはほとんど見られないプロテオバクテリア門やスピロヘータ門の菌も見られました。

イタリア人には見られる、ビフィズス菌がまったく見られないという特徴もありました。

もっとも意外だったのが、彼らの腸内の大腸菌には28種の抗生物質耐性遺伝子が見つかったことです。

彼らが以前に文明人と接触したことが無かったというのは間違いないことでした。

それならなぜ、抗生剤の耐性があるのか。

実は、抗生剤というものはもともと自然の放線菌などの産物であり、それに対する耐性は自然の中でも発現することがあったからというのが理由のようです。

 

腸内細菌についての研究はまだまだ始まったばかりとも言える段階です。

これからますます有益な知見が得られていくのだろうと思います。

私の生きている間に「やせ型腸内細菌」とでも言う治療薬ができれば良いのですが。

 

うつも肥満も腸内細菌に訊け! (岩波科学ライブラリー)

うつも肥満も腸内細菌に訊け! (岩波科学ライブラリー)

  • 作者:小澤 祥司
  • 発売日: 2017/11/16
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)