爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「遺伝子が語る 免疫学夜話」橋本求著

パンデミックの強烈な印象が強く、免疫というものに対する意識も広まっています。

そのためか、テレビCMなどでも「免疫力を強める」といった言葉を耳にすることが多いようです。

しかし実際に「免疫」というものについて知っているという人はほとんどいないようです。

 

この本の著者橋本求さんは大学医学部で膠原病を専門にしているという方で、免疫というものを生物の進化と絡めて分かりやすく解説するというのが本書です。

ただし、「免疫力を高める食べ物は」などといった話題には全く触れていませんのでそういったことは期待しても無駄です。

 

膠原病や、劇症になることで知られている全身性エリテマトーデス(SLE)という病気は自己免疫疾患と呼ばれています。

本来ならば外敵に対して攻撃する免疫が自分の身体を相手にしてしまいます。

またアレルギー患者は非常に多く、花粉症や食物アレルギーは身近なものですが、こういった症状も免疫反応が違ったものに働くために起きています。

こういった免疫の暴走とでも言うべき症状が非常に増えています。

 

人類史上もっとも広く感染したのがマラリアでした。

現代でも毎年2億人が感染し60万人が命を落としています。

最近の知見ではマラリア原虫は元は葉緑素を持つ藻類であり、それが光合成能を失って寄生するように進化したものです。

そのマラリアに罹患した場合の症状が上記のSLEの症状にそっくりです。

高熱を発し全身の消耗、筋痛、関節痛が起こり、赤血球が壊される溶血が起き、腎機能が低下します。

さらにマラリアに効く薬がSLEにも有効です。

症状は一緒でも病気の原因は全く異なります。

これはどうやらマラリアに対して人類が獲得してきた免疫機能がマラリア原虫がいないのに間違えて暴走してしまうのがSLEということのようです。

 

マラリアに対して防御する遺伝子がSLE発症にも関わっているのですが、その遺伝子が現在の人間に残りやすかったのは、マラリアの感染が5歳以下の幼児と妊婦に多かったからです。

そこではできるだけマラリアに対する防御能が優れた方が生き残りやすかったから、その遺伝子が強い人が残りました。

その呪いがSLEとして今に現れているとも言えます。

 

史上最悪のインフルエンザと言われるのが20世紀初頭、第一次世界大戦と同じ時期に現れたスペイン風邪でした。

5億人以上が感染し5000万人が亡くなりました。

最近になってアラスカの永久凍土の中からこれで亡くなった人の遺体が掘り出され、そこからウイルスも得られており、その遺伝子解析が行われました。

するとそのウイルスはヒトインフルエンザの遺伝子の間に鳥インフルエンザの遺伝子が入り込むという混合型のウイルスであることが解明されました。

スペイン風邪では高齢者より35歳以下の若年者の死亡者が多かったのですが、その理由がどうやらこの鳥インフルエンザの遺伝子のせいだったようです。

高齢者はそのウイルスが弱毒であった頃に感染し免疫を持っていました。

しかしそれに感染していなかった若年者は高毒性化したウイルスにひとたまりもなかったのです。

 

人類は感染症だけでなく飢饉など多くの危機にさらされ、多くの人が犠牲になった中で生き残った人が子孫を増やしました。

そのため、その危機に対応できる遺伝子が残りやすくなっています。

現代人には肥満しやすい人が非常に多くなっています。

これは肥満しやすい遺伝子を多くの人が持っているからなのですが、実はこの遺伝子を持った人は食料不足、すなわち飢饉に対する抵抗性が強かったのです。

少ない食糧でも生きていけるということで、この遺伝子を倹約遺伝子ともいうのですが、それが飽食の現代においては肥満遺伝子となってしまいました。

 

インドのスラムで生まれた一卵性双生児の双子がイギリスの家庭に養子として貰われていきました。

しかし手違いがありサラは生まれてすぐだったのですが、マララは5歳までインドで過ごしてから渡英しました。

その後サラはSLEを発症したもののマララは無事だったそうです。

二人の運命を分けたのが乳児の頃からの環境でした。

イギリスの清潔な家庭で過ごしたサラとインドの不潔な環境でのマララの違いを説明するのが「衛生仮説」です。

あまりに清潔すぎる環境では免疫機能の制御をする働きが弱く、免疫暴走に至る危険性があるということです。

同様の例が日本でも見られます。

かつては子供はしょちゅう感染症にかかり青洟をたらしているのが普通でした。

さらに当時は寄生虫も多く、かなりの人が体内に寄生虫を飼っているようなものでした。

しかしそれらはほぼ駆逐されてしまいました。

それがどうやら自己免疫疾患やアレルギー症状を持つ人の急激な増加につながっているのではと考える人もいます。

 

生物には自然免疫と獲得免疫があります。

しかし腔腸動物から分化してきた生物の中で、獲得免疫を持つのは顎口類、すなわち顎を持つ動物以降の魚類、両生類、爬虫類、鳥類、哺乳類のみであり、その他の動物には自然免疫しかありません。

進化の過程で顎を獲得したものが獲得免疫も備えるようになったのです。

獲得免疫は外敵に合わせて抗体を作るという非常に優れたシステムですが、逆にコントロールを失うと自己免疫疾患を起こすことにもなります。

 

2020年に流行した新型コロナウイルスによる感染症は特有の症状が出たのですが、実はそのような症状になる肺炎はそれ以前から東アジアで知られていました。

抗MDA5抗体陽性皮膚筋炎間質性肺炎というもので、自己の抗体であるMDA5という分子に対して免疫系が反応してしまうことによって起きる自己免疫疾患でした。

この症状が新型コロナウイルス感染による症状と類似していることから、それに対する治療が今回のパンデミックの場合にも応用され治療成績が向上しました。

そしてその免疫に関わる遺伝子が実はネアンデルタール人の遺伝子に関係していたのです。

アフリカで誕生したホモサピエンスは、その後出アフリカをして各地に広がりました。

その中でヨーロッパ方面に向かった一群はその地方に居たネアンデルタール人と交雑しその遺伝子を残しました。

その割合がヨーロッパ人で一番高く、アジア人では低く、さらにアフリカ人にはありません。

そしてそのネアンデルタール人由来の遺伝子が新型コロナウイルス感染の症状悪化に働いたようなのです。

そのため、新型コロナウイルス感染ではヨーロッパでの死亡者が多かったということです。

 

人類の生活環境は清潔すぎても良くないようです。

子どもの頃に色々な感染症を経験するということは必要なことなのでしょう。