爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「感染の法則」アダム・クチャルスキー著

いまだに猛威を奮い続けるウイルス感染症ですが、その報道の中で「感染モデル」というものが説明されていることがあります。

そんな数学的なモデルが実際に役立つのかと疑問もありましたが、この本はそれについて分かりやすく解説しています。

 

著者のクチャルスキーさんは数学者ですが、ロンドン大学熱帯医学大学院で感染症数理モデルを教えているという、まさにこの分野の専門家です。

 

とはいえ、ここで解説されている感染は、「ウイルスや細菌による感染症」だけではありません。

他にも「伝染する」と言われているコンピュータウイルスばかりか、暴力の伝染、アイディアの感染、金融危機に至るまで、人々の間で流行すると言われているものがみなこういった「感染の法則」によって説明できるということを示します。

 

19世紀末、イギリスの支配下にあったインドではマラリアの流行が猛威を奮っており、多くの人が犠牲となっていました。

そこに赴任したのがあまり成績の良くなかった軍医のロナルド・ロスで、マラリアの感染の状況を目にして何らかの対策をしなければならないと考えました。

その頃にはすでにマラリアを引き起こすのはプラスモディウムという寄生虫であることは分かっていましたがそれがどのように感染を広げるのかは不明のままでした。

ロンドンに帰った時、フィラリアの研究をしていたマンソンという医師に教えられ、それが蚊による感染であることを知り、マラリアもそうではないかと言う考えを抱きました。

インドで蚊による感染の研究を続け、蚊の発生を減らすことでマラリアの発生も減らせられることを示したロスですが、その理論を人に説明するには大変な苦労がありました。

ロスは数学を一から勉強しなおし、マラリア伝染モデルというものを作り上げていきます。

蚊による伝染だからと言って、その地域の蚊の発生を完全に止めなければマラリア感染を止められない訳ではありません。

その理論の反対者は少しばかり蚊の発生を止めたからと言ってマラリア発生に影響があるのはおかしいという理屈を持ち出しましたが、その感染モデルでようやく理論的に説明することができました。

そして、それはマラリアだけに止まらず他の多くの感染症、さらには社会的文化的な流行というものを説明できる理論でもあったのです。

 

「再生産数」という言葉もこのところしばしばテレビに出ますが、「一人の患者が何人に感染させるか」を示す数字です。

再生産数をRとすると、感染者数は1+R二乗+R三乗+・・・・となり、これが感染爆発のサイズとなります。

Rがもし0.8なら、この数字は5となるので、全部で5人の感染者となります。

このように、この再生産数を推定することで、その感染症の脅威が推定できます。

2013年の中国でのH7N9鳥インフルエンザによる感染は130人の患者がでましたが、そのRは0.04と推定され、非常に狭い範囲の感染で済みました。

 

このような考え方が感染症以外の分野でも役に立ち、2004年の銃規制キャンペーンでは銃規制支持への勧誘のためのEメールのRが0.58と推定されました。

またその次の試行はハリケーンカトリーナによる被害に対する救援資金を募るもので、このEメールのRは0.77でした。

これでこれらのメールがどの程度拡散していくかが推定できます。

 

 

新たな感染症の感染の広がりを推定するには、感染者の行動を細かく追跡しなければなりません。

2009年に発生したSARSではその香港での最初の感染者が中国人医師とホテルで1日だけ同じ滞在期間を過ごして感染し、その後どう移動するかを調べました。

そこからこのウイルスの潜伏期間が6.4日であることが導き出されるのですが、このような行動の追跡はプライバシー保護とは相容れないものがあります。

それを犠牲にしてでも正確な情報を集めることが感染症の全体像をつかむには必要なのですが、難しい問題です。

このような空気感染のウイルス感染症ならまだしもですが、性感染症の場合はこれは大きな問題となり得ます。

しかし、特に中国などでは人物認証システムも発達し多量の監視カメラシステムとともに運用すれば効率的に人の移動が監視できます。

どこまで利用していくのか、国の姿勢が問われるところです。

 

 

金融危機や、街角での暴力発生の伝染など、他の分野の感染の話も興味深いものですが、省略しておきます。