爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「AI vs. 教科書が読めない子どもたち」新井紀子著

AIがもう人間を追い越すとか、AIが人間の仕事を奪うとか、そういった話が飛び交っています。

将棋ソフトがプロ棋士に勝つことができた、もうシンギュラリティ(技術的特異点)はすぐそこだ、などということが言われます。

しかし本書著者の新井紀子さんは数学者でAIの研究でも日本で有数の方とお見受けしますが、AIは計算機にすぎずいくら高速化し大容量化したところでできることとできないことがあるということです。

 

新井さんは2011年より「ロボットは東大に入れるか」というプロジェクトを立ち上げ、多くの研究者たちの協力を得ながら「東ロボくん」の育成をやってきたそうですが、有名私大クラスの入試問題は解けるようになったものの、東大などの入試で出てくる文章題といったものは全く歯が立たないままだったそうです。

 

AIはあくまでも計算をするだけ、数学でいえば論理と確率・統計の分野で動いているだけです。

意味というものが理解できませんが、理解したかのように見えているのはそれを作り上げたAI技術者がそう見せかけているだけに過ぎないようです。

そしてそこが「東大の入試問題」に歯が立たない理由でした。

「読解力と常識」がAIには望むこともできないということです。

スパコン「京」を使ったらどうかといった助言も貰ったそうです。

しかしプロジェクトの数学チームの答えは「そこそこのサーバーを使って5分で解けない問題は、スパコンを使っても地球滅亡の日まで解けない」というものでした。

いくら処理速度を速くしても原理的に不可能ということです。

 

コンピュータには意味が理解できない、これの分かりやすい例が示されています。

Siriに、「この近くのおいしいイタリア料理店は」と聞けば、GPSで位置を判断し検索して「おいしい」イタリア料理店を推薦してくれます。

次に「この近くのまずいイタリア料理店は」と尋ねると、やはり似たような店を推薦してしまいます。

Siriには「おいしい」と「まずい」の違いが分からないのです。

さらに「イタリア料理店以外の店は」と聞いても適当な答えは得られません。

つまり、AIは読解力が無いということなのです。

 

このような点から考えて、「AIが人間を追い越す」などと言うことは起こりそうもないということが言えます。

 

ただし、この本の凄いところはここからです。

「AIが人間を追い越す」ことはなくても「AIが人間の仕事を奪う」ことは十分あり得ることなのです。

それはなぜか、日本人の中高生の多くは読解力が非常に乏しいからです。

著者はそこに気が付いて、今度は「全国読解力調査」を始めました。

その前に「大学生数学基本調査」というものを行ったのですが、大学生でも基本的な数学の問題が解けない、それも「問題の意味が分かっていない」ようだということが分かり、より広く読解力調査をやる必要に気付いたからです。

読解力といっても、文豪の小説の文意はなどといった高尚なものではなく、数学や社会・理科の教科書に書いてあることが本当に理解できているのかというものです。

そのために基礎的読解力を調査するためのテスト、リーディングスキルテスト(RST)を自力で開発しました。

これには東ロボプロジェクトでAIに読解力をつけようとして研究を重ねたことが応用できました。

係り受け」「照応」「同義文判定」「推論」「イメージ同定」「具体例同定」という項目ごとに例文を作りそのテストを行うというものです。

協力してもらえる学校、企業、団体などが見つかればそこでテストを行っていくという方法で、約2万人の調査例が得られたそうです。

その結果は驚くべき、いや恐るべきものでした。

これらのテストは選択式なのですが、その得点がサイコロを振って出た答えを書くより低いという生徒が非常に多かったということです。

特に、AIとの差別化を図る上で人間の読解力として必要な「同義文判定」や「推論」などでは非常に低い得点でした。

つまり、現在の中高生の多くは教科書の内容すら読んで分からないということです。

 

RSTのまとめとして、

中学を卒業する段階で約3割が表層的な読解もできない。

学力中位の高校でも、半数以上が内容理解を要する読解はできない。

進学高でも内容理解を要する読解問題の正答率は50%程度である。

読解能力値と進学できる高校の偏差値との相関は極めて高い。

読解能力値と家庭の経済状況には負の相関がある。

等々の結果が得られています。

なお、読書が好きか、どの科目が得意か、スマホの利用時間、などと基礎的読解力には相関はなかったということです。

 

ここから導かれる結論が恐ろしいところです。

人間の大半は、「AIで替えられる程度の仕事しかできない」ということです。

AI化が進むからということで「ドリルと暗記」で勉強させようなどと言うことが行われています。

しかし、まさにその「ドリルと暗記」で向上する能力はそのまま「AIに置き換えられる」能力でしかありません。

文章を読んで理解できる読解力、そしてそこから思考する能力がある人間だけがAIに替えることができない仕事ができるということです。

 

話は戻り大学入試ですが、今の入試で文章題をたっぷりと出すというのは東大などの上位国立大だけとなっています。

私立大などでは有名校でも選択問題だけ、さらに学力試験免除のAO入試や推薦入学で入ってきます。

読解力など無くても大学生になり卒業できているようです。

そういった人間が就くことができる職業はまさに「AIで代替可能」なのでしょう。

 

このままいくと、「AIに替えられる仕事はAIに」替えてしまったが、「AIに替えられない人間の仕事」をするべき人間が居なくなるということにもなりそうです。

 

非常に暗澹たる未来予想となりました。

しかし「東ロボプロジェクト」にしても「RST」プロジェクトにしても非常に高度な内容のものを計画し実行していくというのは素晴らしいことだと思います。