爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「140字の戦争 SNSが戦場を変えた」デイヴィッド・パトリカラコラス著

140字というのはもちろんツイッターの字数を表わします。

これまでの戦争では取材するのは報道記者であり、彼らが記事を書いてテレビや新聞で流されることで戦争の状況を知らせることができました。

したがって、戦争当事者の双方の軍隊は記者の行動を制限することにより報道もコントロールすることができました。

 

しかし、ネットが世界中を覆いその中でSNSという発信手段ができてからは、記者などが入り込めない場所でもその場にいる市民たちが戦争の実態を伝えることができます。

しかもそれはほぼリアルタイムの情報であり、さらにそれを見た人々がその情報を拡散していけばあっという間に世界中に伝わることになります。

 

これがまさに21世紀の戦争なのかもしれません。

そのような実態について、中東の事情を主に取材しているジャーナリストのパトリカラコラス氏が、パレスチナイスラエルウクライナ対ロシア、イスラム国対アメリカの「ナラティブ」戦について語っています。

 

ナラティブとは「語り」といった意味の言葉ですが、SNSで発信者が告げているのはこのナラティブであるということで、それが伝わることによって繰り広げられる情報戦が「ナラティブ戦」ということなのです。

 

2010年、チュニジアの露天商だったモハメド・プアジジが警官の嫌がらせに抗議して焼身自殺をしたのですが、その場に駆け付けたプアジジの親族がそれをスマートフォンで撮影しフェイスブックに投稿しました。

それは瞬く間に国内に拡散しそれに怒った国民は政権打倒を果たしましたが、それがアラブの春の始まりでした。

もしもフェイスブックが無ければこの革命も無かったかもしれません。

 

2014年7月、イスラエル人の少年3人の殺害事件をきっかけに始まったイスラエルハマスの戦闘は拡大しました。

その事態をガザに住む16歳の少女、ファラ・ベイカーはツイッターで発信しました。

それを見た多くの人々が情報を拡散し、イスラエルに反対する世論を掻き立てました。

その時点では他にも数千人がツイッターなどで情報を書き込んでいたのですが、特にファラのものが注目されたのは、彼女が英語でツイッターに書き込んだこと、そして16歳の青い眼の少女だったことが作用していたのでしょう。

 

しかし、それで痛手を被ったイスラエル軍も対抗します。

最初は軍上層部はその意味も把握できなかったのですが、こちらも動き出したのは若い女下士官で、なかば勝手にSNS発信を始めます。

やがて軍部の支援も受けるようになり、軍全体でイスラエル軍側の主張をSNSに投稿するようになります。

 

同じ2014年、ウクライナでは腐敗しロシア側に同調したヤヌコヴィッチ政権を倒しますが、それに対しロシア側も親ロシア勢力に助力して介入し内戦が開始されます。

ウクライナ側は政府も軍部も腐敗が進行していたものの、市民組織が自発的に親ロシア勢力との戦いを支援します。

その手段として重要となったのもSNSでした。

これで情報発信することで国内勢力をまとめ、さらに国外からの支援も受けるようになります。

ただし、ロシア側もいつまでも受け身ではありませんでした。

多くの若者を雇い、偽の情報を膨大に発信する行動を開始します。

2016年にはその一部だけでも2億5000万ドルの費用をかけてSNS情報の混乱を引き起こします。

ウクライナの勢力はネオナチだとか、親ロシア派を虐殺しているといった情報を、証拠も何も無視して垂れ流し続け、ロシアにとって有利になるようにします。

その最たるものが、2014年7月17日に起きたマレーシア航空17便の撃墜事件でした。

その直後に親ロシア勢力が撃墜したことを認めたのですが、それはその後削除されました。

そしてロシアはそれに対処するために自らの機関を使い大量の偽情報で撃墜したのがウクライナだというものを垂れ流し続けました。

それで多くの人が偽情報を信じるか、少なくとも両方の情報から距離を置きたくなるように仕向けました。

 

ところが、アメリカの青年がこれについて自宅のベッドルームでネット情報を使って詳細に事件の全容を解明したそうです。

親ロシア派が地対空ミサイルを運び、マレーシア航空機が墜落した時点でそれを使ったとみられる証拠を残し、さらにその後空になったトレーラーが移動したということを衛星写真の記録と共に証明してしまいました。

 

どうやらネットの威力というものは非常に大きくなってしまい、これまでの概念の通常兵力を上回る威力を獲得しつつあるようです。

どこの国でもその対策は進められているのでしょう。