爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「悪あがきのすすめ」辛淑玉著

悪あがきというとあきらめが悪くじたばたとするというイメージもあります。

金も権力もある者が悪行がバレてもう衆目にも明らかなのに何のかのと言い逃れようとしているのも見苦しいものです。

 

しかしもちろん辛さんが言っているのはそういう連中の話ではありません。

何も持たず食べていくだけで精いっぱいの人間がさらに社会や企業、政府権力などに追い詰められ、もうどうしようもなくても、へこたれずあきらめずに「悪あがき」しましょうというのが言いたかったことです。

 

辛さん自身がまさにそういった境遇でした。

在日朝鮮人で女性、しかも学校にもあまり行けなかったので学歴も無し。

そのような立場の人間には周囲もさらに嵩にかかって追い詰めようとしてきます。

しかしそんなことに負けるものかとじたばたとあらゆる手段を講じて頑張っているうちに徐々に何とか生きていけるようになったということです。

 

世の中の虐げられた弱い人々は、もう抵抗する気力もなくこのまま消え去りたいとでも言うかのようにあきらめてしまいがちです。

しかしそういう人こそ誰が何と言っても最後まで抗っていかなければならないということです。

 

そういった人々の例を辛さんが交流のあった人々から取り上げています。

クルド人難民を見かねて入管を相手にマスコミやネットに情報を流し、法廷闘争も支援したのが難民一家の子どもたちに日本語を教えていた先生でした。

あまりのひどさに見ていられなかったから動かざるを得なかったそうです。

ユダヤ人のためにビザを発行し続けた杉原千畝の名は知られていますが、この先生のやったこともそれに劣るものではありません。

 

企業での男女差別を1992年という時期から声を上げて是正しようとした住友裁判の原告の女性たちも厳しい情勢を戦いました。

住友生命など住友グループの社内での男女差別を何とかしようとしたのですが、最初に頼った労組は全くの男社会で何の頼りにもなりませんでした。

その後裁判を起こすも裁判所も男社会の論理に固められた場所でした。

それでもあきらめず、国連に押しかけて演説をする機会を得てそこで発表し委員へのロビー活動をすることで2003年に国連女性差別撤廃委員会の日本政府への勧告を出させることに成功し、その年にようやく裁判所で和解勧告を勝ち取りました。

こういった成果を出した人たちですが、それほど肩に力を入れていたわけではなく、色々な所へ行くのが楽しいといったリラックスした姿勢でやってきたそうです。

 

悪あがきとは、決して思い詰めて必死にやるのではなくリラックスし休み休みやっていくのがコツだそうです。