発酵文化人類学とは著者の造語ですが、人間の生活には発酵というものが深く関わっており、民族によりそして地域により様々な形で発酵というものを利用しているのですから、文化人類学的に発酵を考えていくというのも面白いアプローチかもしれません。
著者の小倉さんは「発酵デザイナー」と自称しており、様々な発酵についてそれを広める活動をしています。
元々大学では文化人類学を専攻し僻地の現地調査などをしていたのですが、どこでも独自の発酵食品があるというところから発酵に目覚めていったのでしょうか。
その後東京農業大学で研究生として発酵学を学び、さらにその活動に進んで行ったそうです。
本書は発酵と人間のかかわりについて、特に発酵食品というものを詳しく説明していきます。
ただし、現代の若者言葉を駆使し、さらに若者向けのスポーツやアニメ、芸能関係のネタを比喩に使うという文章で、そういったものに疎い老人にとっては少々分かりにくいものでした。
まあもともとこちらは想定読者には入っていないのでしょう。
また説明の中にも文化人類学的用語がちりばめられ、これもちょっと分かりにくさを感じさせました。
発酵文化の多様性という章では、木曽のすんき漬け、高知県の碁石茶、伊豆諸島新島のくさやが取り上げられ、通常の類似食品とはかなり変わった発酵の在り方についても語られています。
特にすんき漬けは「無塩乳酸発酵」という他には例を見ない特殊なものなのですが、これも使用原料とその処理、作る季節などを調節することによりびったりの発酵条件を作り出すという実情について解説されていました。
なお、発酵について様々な記述が続きますが、ほとんど間違いがないというのはさすがです。
ただし、一か所だけ誤植と校正モレがあったのは残念なところでした。
59ページ12行目のカッコ内で、「アルコール度数20℃を超えるあたりで酵母が死ぬ」とありましたが、ここは当然「アルコール度数20度」でなければいけません。
アルコール度数は容量パーセントで表し、表記は「度」または「%」ですので、温度単位の「℃」は使えません。校正の見逃しでしょう。
お酒の話で、「山梨では寿司屋で寿司を肴に甲州ワインを飲む」ということは知りませんでした。
しかし、甲州ワインという昔からの伝統的な作り方のワインの性格を上手く説明する挿話だと思います。
日本酒のタイプの移り変わりでも「おじさんの酒」「評論家の酒」「若い女の人の酒」と表わしているのは非常に分かりやすい説明でした。
そのタイプの違いというものが、優劣ではないということもその通りで、いくらけなされてもおじさんたちはアルコール添加の清酒の熱燗が一番と言うのも間違いないことです。
発酵と言うものを初めて知る人には面白くて分かりやすい本かもしれません。
冒頭に「本書に期待して良いこと、悪いこと」が書かれています。
「期待していいこと」
・発酵文化の面白さがわかる。
・同時に文化人類学における主要トピックスがなんとなくわかる。
・人類の起源や認知構造についてそれとなく見識が深まる。
「期待しちゃダメなこと」
・発酵について体系的に学ぶ。
・文化人類学について体系的に学ぶ。
・発酵食品の健康機能や美容効果がわかる。
ということだそうです。