初めての「大学入学共通テスト」が始まりました。
見ている限りではこれまでの「センター試験」と何が違うのかよく分かりませんが、どういったものなのでしょう。
プレジデントオンラインで、経済学者の橘木俊詔さんの著書「大学はどこまで公平であるべきか」を再編集した記事が掲載されていました。
大学入試は各校で独自に作成された問題で実施されてきたのですが、そこに「共通一次試験」というものが導入されたのが1979年でした。
それが1990年に「センター試験」と変わりました。
そこでは、各大学が必要な科目を選択できるようにしたこと、私立大学も希望すれば利用できるようになったことが変更点でした。
そして、そのセンター試験の性格を「達成度テスト」と変えるように意味づけられたのが今回の大学入学共通テストだったということです。
この検討は2012年に始められたのですが、ようやく2021年になって実施となりました。
内容についてはなかなかまとまらなかったようですが、それでも何とか次のようになったということです。
ともあれ中央教育審議会での部会などを経て、検討事項は「わずか一度だけの試験では公平性を保てないので、数回の受験機会を与える」、「試験実施、すなわち出題と採点を民間業者に委任してもよいのでは」、「できれば私立大学受験者も受けることができるようにする」、「試験問題に記述式の試問も課す」などに集約されていった。
導入をめぐっての色々な騒動、外部の英語試験を用いるとか、記述式問題を入れるといったことの検討が話題となりました。
また、文部大臣が「身の丈に合った」などと発言して問題となったことも記憶にあります。
結局この余波で英語の外部試験の導入と、国語数学の記述式試験というものが見送られることとなりました。
そのため、「これまでと何が変わったのかよく分からない」ということになったのでしょう。
そもそも、共通一次試験が導入された理由としては、各大学で作られる試験問題が難問奇問が目立ったということや地方大学などで問題作成能力が低いところがあり、適切な試験問題ができなかったということがあります。
そして、その裏側には「どのような学生を入学させたいのか」という各大学の方針が決められておらず、独りよがりで試験問題作成にあたっていたという実情があったようです。
また、面接重視や推薦入試、一芸入試などは選抜が恣意的になる危険性があるため「公平ではない」という考え方が支配的でした。
「一発入試で決定するのが公平だ」という考えに囚われるあまり、それ以外の可能性を考えることもできなかったのでしょう。
橘木さんの主張には「公平であれば良いとは限らない」という点があるようです。
やはりかつての学歴社会、実は「学校歴社会」の弊害が入試にも現れていたのでしょう。
有名大学に入りさえすれば後の人生がかなり有利という状況では、入試も「公平」でなければ皆が納得しないということが、すべてをゆがませてしまったのでしょう。
大学に入ってからの教育が重要という本来の形であれば、ここまではならなかったと思います。