動物の細胞は独立の構造をしており、そのままではバラバラになりそうです。
しかしそれがしっかりと一つにまとまり、さらに臓器や器官に分化していくというのは何らかの機構があるはずです。
それを研究して細胞間接着分子であるカドヘリンというタンパク質の一種を特定したのが本書著者の竹市さんです。
その研究の過程をたどり、詳しく解説したのが本書であり、その進め方を見ると多くの研究者を志す人たちには大きな参考となるでしょう。
すでに研究者から卒業した人々(私など)にとってもその過程を自分の事のように見ることができるのは、わくわくさせられるものかもしれません。
細菌などの単細胞生物に対し、我らも含む多くの細胞が集まりいろいろな器官に分化して生きているのが多細胞生物です。
もっとも原始的な多細胞生物であると言われるカイメンは簡単な方法で細胞をバラバラにすることができますが、いったんバラバラにされた細胞群も自然に集まってまた上皮や骨格を再構成することは知られていました。
そしてそれと同様の現象が起こることは他の生物の細胞を使って実験されていきます。
そこには何らかの物質が関与していることは予測されていましたが、多くの研究者たちが様々な試験をしてもなかなか解明されませんでした。
著者がその研究を目指したのは学生の頃であり、そこから大学院生、博士号取得後も研究を続け、さらにアメリカのカーネギー研究所に留学しそこでも生物の発生を研究していく上で細胞の集合というものを解明していきます。
そこでは日本での実験と似たようでほんの少しの違いから細胞が集合しない現象があることから、その違いを解明していくという道筋をたどります。
細胞同士の接着をトリプシン液で破壊するのですが、その後日本の研究室では再び集まるのがカーネギーでは集まらない。
その違いが何かということの解明を進めました。
するとトリプシン液の作り方で、カーネギー研究所ではEDTAを加えていることが分かり、それを加えていない日本との違いが存在しました。
そこからその本体の解明に進んでいくことになります。
さらに研究を進め、細胞を接着させる分子を特定しそれを「カドヘリン」と命名することになります。
ただし、その後も生物による違いでカドヘリンにも様々な種類があることが分かったり、カドヘリンだけでは働かずカテニンという物質との相互作用が必要なことを解明したりと研究を進めていくこととなります。
この細胞接着作用というのは、実は生物が受精後に発生という過程を取り様々な器官を作り出していくという現象に深く関わっています。
この分子がなければ発生という現象が起きません。
さらにカドヘリンが関与する疾病というものも調査していきます。
組織生成障害という病気があり、それに関わっています。
さらにガンにも関係しており、転移現象に関係します。
ただし、カドヘリンが無くなってしまうから転移しやすいといった簡単な話ではないようです。
著者にとっては研究生活の最初から最後まで細胞接着という現象に関わってやってきたということでしょう。
非常に幸せな生涯だったと言えるかもしれません。
それでも業績をあげればこそなのかもしれませんが。