7月の球磨川水系の水害で大きな被害が出て、一度は計画が中止となった川辺川ダムにも建設待望論が出たということは既報しました。
その後、蒲島熊本県知事が流域各地でご意見拝聴の会を開催しているのですが、どうも地域によりダム建設への賛否はかなり分かれるようで、皆がダム待望というわけではないようです。
最初の頃、人吉市など今回水害で被害の多かった地域ではさすがにダム建設論の方が強かったような印象でしたが、建設予定地の上流域や下流では反対論もかなり出てきました。
もともと、川辺川ダム建設はかなりの反対意見がありながら続いていたのですが、現知事の蒲島氏が知事就任時に中止したものです。
その当時に、「ダムに頼らない治水事業を行う」としていたはずが、結局はほとんど事業の計画すら進まないという状況で、今回の大規模被害となってしまいました。
その不信感はかなり強いものがあり、しかもダムがあれば被害が少ないという話にも大きな疑問を持つ人が多く、なかなかすんなりとは行かないようです。
しかも、今度はこのダムも当初の多目的ダムではなく「治水」だけに目的を絞ったものにするなどということも言われ始めています。
ダム建設の目的はどこでもそうでしょうが、もともとは水不足解消のために貯水するということであったり、水力発電を併設するというものが多かったのでしょう。
この川辺川でもその目的が当初は中心であったのですが、今ではどちらも必要性が薄れてしまい、流域住民の要望の強い「治水」だけが後に残ったようです。
貯水目的のダムは、いかに大雨の予想があっても決められた水量以下にまで事前放水で水位を下げておくことはできず、莫大な降雨量があった場合にはダムが溢れて決壊する危険性が起きるため、洪水の危険性があっても緊急放流をしなければならない事態も十分に考えられます。
実際に球磨川上流のもう一つのダム、市房ダムではそのような事態が何度かあったようです。
しかし、「治水だけ」が目的のダムならば普段はまったく貯水せずに豪雨の場合のみ会貯めるということでかなりの量の降雨にも対応できます。
しかし、そのような目的だけのために今後も数千億円かかるという建設費を使うのが妥当なのかどうか。
それでなくてもコロナ禍対応ということで財政規律は皆無となり国債の垂れ流しは激しくなっています。
いくら赤字財政耐性の強い日本経済であっても、そのうちに破綻が来るのでは。
目を見張るような巨大ダムを前にして、経済破綻した社会だけが残るのでは何のためのダムか分かりません。