爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「新版 環境被害のガバナンス」永松俊雄著

著者の永松さんは公共政策学の教授として熊本の崇城大学で教えておられますが、かつては熊本県庁でも仕事をしていたそうです。

そのため、現在でも熊本県の大きな業務として存在し続けている水俣病にも通じています。

 

その著者が東日本大震災の時に起きた福島原発事故とその後の放射能汚染、そしてそれに関する東京電力と国などの対応を見ていると、かつての水俣病発生後の原因企業のチッソ、そして国や県の対応とそっくりであると気づきました。

水俣病の対応では必ずしも地元の実情を反映しているとは言えないものが政府の政策対応でした。

その中央統制的なやり方は地元住民や関係自治体に多くの不信や不満を蓄積させています。

その教訓をまったく生かさずに同じような対応をしているのが福島原発事故のようです。

 

本書では、その水俣病の経緯を被害対応という視点から詳述しています。

また、原因企業のチッソはその莫大な補償責任のためにかえって倒産する自由すら無くし、苦しくなると原因企業救済ということが為されています。

これをその視点から見ています。

さらに、福島原発事故に目を転じ、その環境被害そして原因企業の東京電力に焦点をあてた見方をし、水俣病の経緯と見比べられるようになっています。

 

水俣病発生の当初はその原因が分からず関係者の間でも議論が決着するまでに長い時間を費やしてしまいました。

チッソ側に立つものにとっては、その状況を上手く利用したとも言えます。

これには、チッソ排出の重金属説を早くから取っていた熊本大学の研究班は医学者のみで化学者が参加していなかったことも残念な理由となっていました。

 

原因がチッソの排出した水銀だということが分かってからは、できるだけ被害者の数を絞り、補償金額を低く抑えることに注力されました。

1959年には患者互助会とチッソとの間に「見舞金契約」と呼ばれる合意が成立しましたが、死亡者に30万円、生存者に10万円、葬祭料として2万円等という、非常に低い金額のものでした。

しかも、「将来水俣病の原因がチッソの責任だと確定しても新たな補償金の要求はしない」という一項を含むというものでした。

この項目は、今回の福島原発後の補償交渉でも東京電力側がしっかりと契約文言に挿入されていました。

その後これは削除されたのですが、誰でも考えることは似てくるものです。

 

環境被害が出た場合の環境復元や被害補償は、原因となったものが負担するというのが「汚染者負担の原則(PPP: polluter pays principle)」と呼ばれるもので、1972年にOECDにより提唱されたものです。

日本版PPPでは、OECDのものと異なり予防的費用だけでなく被害者補償などの事後費用も含まれています。

しかし、この原則のためにかえって原因企業を倒産させるわけには行かなくなりました。

PPPがなければ原因企業が無くなっても自治体や国が被害者救済を続けるということが可能になるのですが、それができないということです。

このために、チッソには延々と救済資金が注ぎ込まれるということになりました。

一応、チッソの経営支援のための貸し付けと言う形になりますが、貸付残高は1980年には100億を越え、その後も増え続けています。

この構造は福島原発事故東京電力でも同様です。

東京電力はこの先何兆円もの補償が発生してもつぶれることができなくなりました。

 

環境被害をめぐっては、加害者と被害者、行政などの間に深刻な対立が生じがちです。

その関係者の間で、状況の把握方法や定義の仕方、認識の仕方などが大きく異なるのも一因です。

これをフレーミングと言うそうです。

これが立場によって違うために意識も完全に乖離してしまい、より対立が深まります。

それを前提としてできるだけ近づける努力が必要なのでしょう。

 

福島原発事故のあと、東京電力側はその原因が予測をはるかに越える津波のせいであり、会社には責任が無いという立場を取りました。

しかし、水俣病を振り返ってみれば、水俣病発生以前には工場廃液を排出することは法的には何の問題もなく、また排出する無機水銀が有害なメチル水銀に変化するという現象も知られていませんでした。

だからチッソには責任はないということを言うことはできません。

こういった教訓すら継承されていないということでしょう。

 

あとがきに、「東電の社員や政府官僚が無責任に仕事に取り組んでいるとは思わない」とはしているものの「やはり彼らが足しげく現地に足を運び現状を肌で感じ、失われた関係修復に努めることが不可欠である」と結んでいます。

それができないのが問題なのでしょう。

 

新版 環境被害のガバナンス

新版 環境被害のガバナンス

  • 作者:永松俊雄
  • 発売日: 2017/04/17
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)