認知症患者や脳卒中リハビリなどで、音楽を聞かせたり音を出させたりする「音楽療法」というものは、誰でもなんとなく効果がありそうに感じるものです。
「音楽療法士」という人々も居て、病院で活動しています。
ところが、本書著者の佐藤さんから見ると医学的に根拠のある方法はほとんど確立されておらず、何となく効きそうだといった程度のものばかり。
かえって患者に苦しい思いをさせるだけというものもあるとか。
著者の佐藤さんは、音楽大学を出て学校の音楽教諭として勤めたのち、大学医学部に入りなおして医師の資格を取ったという、音楽療法というものを研究するにはうってつけという経歴の持ち主です。
その眼から見ると、今の音楽療法というものは科学的に検証されたものはありません。
音楽療法士という資格自体、国家資格ではなく学会で決めただけの私的なものであり、また大半は音楽大学出身で医学的な知識も何もない人がやっているのみです。
著者の現在所属の三重大学医学部とその附属病院で、音楽療法の基礎的な科学的検証を行いつつあるところですが、まだまだ道遠しというところでしょうか。
療法の科学的検証という視点から、本書の最初はその基礎としての「EBM」つまりエビデンス・ベースド・メディシン、科学的に証明された事実に基づいた医学というものの説明から始められています。
とはいえ、現在の医療行為全体を見ても、エビデンスが確立しているものは約20%に過ぎず残りの80%はエビデンスが存在しないまま実施されているものだそうです。
人間の認知機能を研究するということは、これまでもかなり困難なことであったようです。
脳の画像をリアルタイムで映し出し、それが「光っている」から活性化したなどという脳科学らしき話も世間には溢れていますが、その「光っている」ことの意味もまだ確定していることではなく、ましてや「光っているから脳が活性化した」などと言う推論は成立していません。
このような状況ではまだまだ基礎科学実験が不足しているということです。
そのような状況下で、音楽療法が効果があるかどうかということを証明していくのは大変なことです。
現在までさまざまの医学論文が発表されていますが、各種の精神疾患、神経疾患等の音楽療法の効果については2016年で28件の報告があります。
そのうち、12件では有効性が示唆されていますが、無効とされているものも4件あります。
ただし、半数近くでは「評価不能で現時点で効果は不明」とされています。
まだ良質な研究報告が少なく、科学的な評価ができない段階のようです。
音楽療法はコストがあまりかからずに、副作用も少ないと考えられているために、場合によっては安易に取り組まれている状況もあるようです。
しかし、副作用もないわけではなく、激しいものも記録されています。
やはり真剣に科学的に取り組んでいく必要があるものでしょう。