今回のNATROMさんのブログは、「裁判事例」についてのものですが、NATROMさん自身が裁判の証人としてかかわったということです。
ある企業(一応匿名にしてあります)の販売するA飲料水というものに対し、専門家が批判的な記事を書いたのですが、それに対してその企業は名誉棄損であるとしてその記事を掲載したメディアに対し裁判を起こしました。
一審ではメディア側勝訴となったのですが、企業側は不服として控訴し、その証拠として科学論文を提出しました。
その論文の内容の適否について、メディア側弁護士よりNATROMさんに科学的な意見が求められたということです。
以下、その論文に関してNATROMさんの意見の概要が述べられています。
論文は複数あり、その一つは試験管内研究(in vitro)のものでした。
こういった研究はエビデンスを明らかにするために行われるのですが、エビデンスのレベルから言うと試験管内研究は一番低いものです。
通常は研究を始めるきっかけとされる程度のものであり、こういったところに出すには不適当なものでしょう。
(なお、ここに掲載されているエビデンスレベルを示す図は一目で理解できる分かりやすいものでした。)
企業から提出された論文の中には「ランダム化比較試験」のものもありました。
これは先のエビデンスレベルの図を見ても上から2番目、高いレベルと言えるものです。
しかし、その中味はお粗末なものだったようです。
ランダム化比較試験では、二重盲検法といって臨床試験に携わる医師(評価者)も被験者もどれが対象薬かプラセボかが分からなくしてあるというもので、これで有意差が出れば本物だという判断に至ります。
この試験の概要は次のようなものでした。
実薬群21名がA飲料水を、対照群17名がプラセボ飲料を12週間摂取し、「免疫力」および「抗炎症力」を主要アウトカムとして評価したところ、「Tリンパ球年齢およびCD8+CD28+T細胞数」が有意に改善したとしています。
一見して、有意に改善したから効果があったかのように書かれていますが、内容をよく見ると全くそうではないということが判ります。
こういった臨床試験を実施する場合、事前に公的な(誰もが見ることができる)場所に計画を登録する制度があります。
この試験もそこに登録されており、その目的とする「主要アウトカム」というところには、「免疫力」「抗酸化力」「抗炎症力」の3つが書かれていました。
この部分も少々問題であり、このような曖昧な言葉が使われている時点でこの計画は正当ではないようです。
しかも主要アウトカムを1つではなく複数置くということは、数打ちゃ当たるの可能性もあり、できれば1つ、明確な指標を置くべきところです。
試験の結果、3つの主要アウトカムは効果があったとはされていません。
そしてそれ以外の副次的アウトカムとしても記載されていない、「Tリンパ球年齢およびCD8+CD28+T細胞数」が有意に改善されたと主張され、「効果があった」ことにされていました。
またこの論文にはその他の部分にも多くの疑問点があり、科学的論文としては非常に質の悪いものだという結論になりました。
この論文は粉飾(Spin)であるという結論に達し、その他の論文も評価に値するものは無く、この企業側の主張は成り立たないということです。
裁判でもこの主張が認められ、原告の企業側の敗訴、出版メディア側の勝訴となりました。
NATROMさんも書いていますが、企業側は自信があればこの専門家が意見を発表した際に議論に応じればよかったのに、すぐに訴訟と言う手段に出ました。
それでメディア側も裁判を嫌がり和解に応じるのではという思惑もあったのかもしれません。
しかし、「エビデンス」と言う言葉だけが広く使われるようになり、何か「科学論文」になっていれば高度なエビデンスであるかのような印象が広まっていますが、そう見せかけただけの中身空っぽの論文も横行しているということなのでしょう。
きちんと裁判で公正な結果が得られて良かったと思います。