著者の山田さんはもちろん日本神話、特に古事記の研究者で、アンパンマンの研究者ではありません。
ということで、この本は古事記などの日本古代の神話について語りたいのですが、そのきっかけとしてアンパンマンを取り上げているわけです。
それにしても、アンパンマンの構成から登場人物など、日本神話のものとよく似ているそうです。
アンパンマンの作者、やなせたかしさんがそういったことまで意識して書かれたわけではないでしょうが、そのようなことが意識の奥に積もっていて出てきてしまったということでしょうか。
本書は一応、古代神話とはどういうものかという説明から入ります。
古事記は、天智天皇系列の大友皇子と大海人皇子(天武天皇)が後継者争いをして政権を獲得し(壬申の乱)その後国を安定させるために数々の改革を実施したのですが、その改革の一つとして、歴史書の編纂を行うという事業で生まれました。
もちろん、古事記に書かれた内容は虚構のものですが、彼らはそれを歴史として作り出したわけです。
神話の中には、天皇の祖先が日本を統治するに至った経緯が書かれています。それこそが、現在の天皇家(天武天皇)が日本を統治する現実の理由を説明し、さらにその後も天皇の子孫が治めていくであろう根拠となるということになります。
そのような作り物としての古事記ですが、著者はその編纂と虚構には非常に多くの工夫がなされ、その工夫が実によくできていると考えています。
そういった工夫の数々が、実は「アンパンマン」の物語にも見られるということです。
アンパンマンの登場人物は、誰もまともに数えたことがないそうですが、2300人以上(2003年当時)居るそうです。
その舞台と主要登場人物は、
パン工場に、ジャムおじさん、アンパンマン、バタコさん、めいけんチーズ、メロンパンナちゃん、
ゲストとして漂泊者の、おむすびマンたち、
といったものがあります。
登場人物が多数になるのは、ゲストが毎回変わっているからです。
これが日本神話の構造と類似しています。
高天原に、アマテラス、ニニギ
準レギュラー、イザナキ、イザナミ、アメノウズメ、タケミカヅチ
アンパンマンはそれ以外には出ていきません。
ばいきんまんは、その外に位置するバイキン島?からパン工場の街にやってきては事件を起こします。
これは、神話で高天原とその周辺の葦原の中つ国が舞台であり、そこの神々は原則として外の異界には出ないと言うものと共通します。
そして、バイキン島は黄泉の国、根の堅州国の性質を持つものと言えます。
ばいきんまんは、スサノヲと同様にトリックスターの性質を持っています。
高天原と周辺の葦原中国へスサノヲがやってきてかき乱すように、ばいきんまんもパン工場と街にやってきます。
また、ばいきんまんには必ずドキンちゃんが一緒に行動しています。
これも、古代神話に必ず見られる「ヒメ・ヒコ」制と著者が呼ぶ原則に基づいています。
古代神話では、多くの場合指導者や首長と言う人々は男女二人のペアで出てきます。
それは夫婦であるとは限らず、姉弟、兄妹の場合もあります。
景行天皇が阿蘇に訪れた際迎えたのは「アソツヒメ」「アソツヒコ」でした。
ヤマトタケルが常陸の国を訪れたときには「キツヒコ」「キツヒメ」が迎えました。
こういったことは、当時実際にあったことのようで、魏志倭人伝に描かれた邪馬台国にもその形がうかがえます。
アンパンマンにはほとんど毎回、旅するゲストがやってきます。
こういった漂泊者(さすらいのもの)が引き起こす事件がアンパンマンの物語とも言えます。
これは神話にも多く見られ、漂泊の神々を迎える神話というものがあちこちにあります。
たとえば、富士と筑波の山の神を先祖の神が訪れたのに、富士の神は歓待せず、筑波の神がもてなしたので、富士の山は呪いで雪に閉ざされ、筑波山は人で賑わうようになったという、風土記の神話もあります。
ここにも、アンパンマンのストーリーと神話の共通性があります。
このように、古代神話とくに古事記の面白さをなんとか伝えようと一所懸命の著者の努力が見られます。報われたでしょうか。