爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「ノアの洪水」ウィリアム・ライアン、ウォルター・ピットマン著

キリスト教の聖書に描かれているノアの洪水については、実際に大洪水があった記憶が残っているのではないかという推測から、あちこちにその痕跡を探るということが行われてきました。

 

しかし、陸上でいくら探してもさほど大きな洪水の痕跡というものは見つかりません。

海洋地質学者という、本書著者が各地の海底地層を調べていると意外なものが見つかりました。

 

地中海の海底堆積物を調べていると、明らかに干上がっていた時期があることが分かります。

そして、その上に急激な海水の流入で一気に積み重なったと見られる地層が見つかりました。

これは、何らかの気候変動で地中海(出口はジブラルタル海峡しかありません)への外海からの海水の流入が止まり、徐々に蒸発して海底まで干上がってしまい、その後の気候変動で一気にジブラルタルから海水が流れ込んだのではないだろうかということを意味しています。

 

もしも、その地中海底に人が住んでいたらその海水流入は大洪水と感じられたのではないだろうか。

ただし、この地中海の海水面の下降・上昇は今から700万年前であり、その頃の記憶はさすがに残っていないはずです。

 

それでも、同様の変動が他の地域で起きたのではないか。

それを調査したのですが、それらしきところとして、黒海がありました。

実際に1970年代にはすでにドイツや旧ソ連の科学者によって、黒海が淡水化し干上がった時期があることが明らかにされ、さらにボスポラス海峡から激しく水が流入した跡らしき海底地形もあることが分かります。

そして、海底から得られた資料を分析することにより、その海水流入の時期は紀元前5500年頃であることが分かりました。

 

そこから導き出されたシナリオは次のようなものです。

今から1万1千年前まで続いた氷河期には黒海付近は氷河で覆われ地面は押し下げられていたのですが、その後の温暖期に氷河は溶け、黒海は窪地となりその中央には湖水のあるオアシスとなりました。

その付近には人間が農業を始めて暮らしていたのですが、その後海水面の上昇により限界を越えた海水がボスポラス海峡から激しく流入しオアシスを海底に沈めてしまいます。

そこで暮らしていた人々は周囲に逃げ出し、南方に向かった人々はメソポタミアに入って文明を築いたのではないか。

そこで語られていたのはかつて暮らしていた黒海から逃れた時の大洪水ではないかというものです。

 

ただし、他の研究結果では黒海は干上がらずに絶えず地中海より水位が高かったというものもあるようで、決定版とは行かないようです。

 

古代の壮大な謎が、科学的な調査研究で一つ一つ明らかになるかもしれない。

そういった期待を抱かせるものでした。

 

ノアの洪水

ノアの洪水