生物の形作る生態系というものは、それぞれの生物が密接に関係していますが、中でも最大の関係というものが「捕食」でしょう。
他の生物を食べて生きている「捕食者」は、場合によっては自分も別の生物に食べられることもあります。
しかし、最上位の捕食者、つまり「頂点捕食者」(トップ・プレデター)はある環境を取ってみればごくわずかしか居ません。
そして、それ以外の生物は頂点捕食者を要として秩序だった社会を形成しているとも言えます。
このような頂点捕食者を「キーストーン種」とも言います。つまり「要石」です。
ところが、人間が武器を手にして人口をどんどんと増やし、世界中のあらゆる場所に広がっていくと、他の動物を食糧として殺すだけでなく、自分たちを捕食しそうな動物、家畜を襲う動物などの大型捕食動物を積極的に殺して除去するということをしてしまいました。
そのため、大型動物はこの数万年で数多くの種が絶滅しています。
そのような、頂点捕食者が居なくなった地域では下位の生物が大繁殖することも往々にして起こります。すると、そのような生物が食べる動植物があっという間に食べつくされるということも起きます。そうなるとその生物も飢餓で絶滅するということになります。
こうやって、生態系のバランスが崩れることで、生態系自体が破壊されることになります。
1960年にミシガン大学の動物学部の3人の科学者、ネルソン・ヘアストン、フレデリック・スミス、ローレンス・スロボトキンが生態系のバランスは捕食者によって保たれているという論文を発表しましたが、その時は他の科学者から猛烈な反対を受けました。
生態系の維持には他の要素の方が大きいと言った根拠での反論でしたが、肝心の3人の方も証拠となる観察結果が得られず、論争は終わりませんでした。
しかし、スミスの教え子のロバート・ペインにより実験が行われました。
ペインは、太平洋岸のある海岸に着目し、その干潟の一帯が一種のヒトデによって支配されていることに気づきました。
ヒトデがイガイやフジツボ、その他の貝類を食べることで環境が維持されていたのです。
ペインはその一画のヒトデをすべて排除しました。
するとどうなったかというと、貝類が異常繁殖し中でもイガイだけがすべてを覆ってしまいました。
この環境ではヒトデが頂点捕食者であり、それが居なくなることで環境が激変したのです。
さらに、生態学者のジェームズ・エステスがペインと出会い、協同でアリューシャン列島にある入り江の調査を始めました。
そこでは、ラッコとウニ、ケルプ(昆布などの海藻)とが捕食関係を保ち安定した環境を作っていました。
しかし、ラッコの毛皮が売れるとなってラッコの捕獲が激しくなり、ほとんど居なくなってしまいました。
すると、ウニが大発生し増加、ウニがケルプを猛烈に食べることで異常繁殖し海藻が見られなくなり、結局はウニも絶滅してしまいました。
ラッコを禁漁とすることで、またケルプの回復が始まります。
アメリカにヨーロッパ人が入植し、広がっていくとそこに居た動物たちのうち肉食動物はどんどんと殺戮され排除されていきました。
クマ、ピューマ、オオカミなどの動物たちは見かけられ次第殺されました。
それでどうなったかと言えば、鹿などの草食動物の繁殖です。彼らが食べる植物がどんどんと消えていきました。
1990年代になり、捕食者を森に戻すことで鹿などの生息数をコントロールできるのではということを考える人々も出てきます。
イエローストーン国立公園内の一地域にオオカミが放されると鹿の一種ワビチを捕らえて食べるということが起こり、植物が繁茂するようになります。
これを「オオカミ効果」と呼ぶのですが、これには猛烈な反対者も出てきます。
特に、羊や牛などを放牧している牧畜家は家畜に対してのオオカミの攻撃を予測して反発しますし、老人や幼児などへの危害もあり得るとして反対する人もいます。
しかし、捕食者までも含む野生化計画というものを真剣に考えるという人々は増えているようです。

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捕食者のことまで考えずに、「多様な生態系」などというのは非常に浅い議論ということなのでしょう。
しかし、日本ではそのような頂点捕食者というものが失われて久しいようです。
そうなると、鹿やイノシシの食害というのも避けようがないのでしょう。