爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「女性のいない世界 性比不均衡がもたらす恐怖のシナリオ」マーラ・ヴィステンドール著

中国の一人子政策というものが人口の増加を抑えているとか、隠れて産まれた子供がいるとかいった切れ切れの知識はありましたが、これが男性の人口が極端に多い社会につながっているということには気がつきませんでした。
この本はそのような社会というものが世界には何箇所もあり、それが数々の悲劇のもとにもなっているということを教えてくれました。
人口がどんどんと増加してくるというのはより大きな悲劇をもたらすのは間違いがないのですが、それを食い止めるための施策というものがこのような影響を生んでいるということは事実なのでしょう。

著者のマーラ・ヴィステンドールさんはアメリカ育ちのジャーナリストですが母親が中国在住の経験があったために成長してから中国に渡って中国社会の研究をしてきたという経歴があります。
そこで色々な状況を調べていくのですが、男性と女性の人口比というものが生物学的に定説となっている1.05:1といった比率ではなく、より男性が多くなっているということに気付きます。
中国、インド、韓国、シンガポールなどのアジアの諸国と、コーカサス地方アゼルバイジャンアルメニアといった国では出生性比が本来の1.05から離れ、自然ではありえない1.07以上、それも1.2とかさらにそれ以上の男性過多という状況が見られるということです。
フランス人の人類学者のクリストフ・ギルモトがこれに気付いた1980年代には研究者でも信じる人が少なかったようです。そしてそれが事実らしいとなっても、女児は戸籍に入れないのではないかといた推測がされたそうですが、実際に女性の人口が少ないと言うことが明らかになってきました。その数は概算で1億6000万人分にもなるということです。

ギルモトが調査した結果、こういった現象が見られた国はある程度の経済発展が見られ、妊娠中の出生前診断が普及しているということ、そして中絶手術も行えるだけの医療が整っている状態になっていたということです。しかも、こういった性比アンバランスが起きている国では出生率の減少が起こっていたということです。
そこから導かれる原因というのは、妊娠中の診断で胎児が女児であった場合は中絶してしまうということが頻繁に起きているということでした。
特に中国では一人子政策で子供の数が厳しく制限されたために、許された一人の子供は絶対に男にしたいという家族の希望が強く、診断と中絶の条件が整ったら(禁止されていても)闇でもやってしまうということになってしまいました。その結果、ひどいところでは1.50以上にもなるほどの男児過多という現象が起こってしまったということです。

政策として取られていない他の国でも、経済環境が良くなると子供の数が少なくなっていきます。親としてはその中で間違いなく男児をほしいと言う文化であればそちらに引かれていきます。インドではかつては中絶ではなく出生直後に子供を殺すということが普通に行われていたそうです。それが中絶になっただけでも進歩と言えるのでしょうか。(本書には書いてありませんが、日本でもかつては間引きということが普通であったということも事実です)

そのような行為の結果として同世代の女性が少ないと言う地域が多くなると、当然ながら成年に達した時の男性の結婚相手が少ないということになります。それで女性の立場が強くなり女性の権利が強化されるということになるかというと、全く逆であり、そのような社会では女性が財産と見なされるようになりかえって女性の地位が低下するそうです。
そして、経済が発達していることもありより立場の弱い国々から女性を金で買って嫁にするという現象が、韓国や台湾、中国などで頻繁に見られるようになりました。ベトナムなどから多数の女性がやってきたそうです。
そのような、納得ずくの場合だけでなく、誘拐されたという女性も多数あるようで、そのような犯罪組織もはびこっているようです。
また、結婚ではなく売春ということも多く、これにも人身売買が付き物になっているということです。

本書の後半に書かれているのは、「結婚できない男性が多い社会は凶暴化する」ということですが、本当かどうかは判りません。しかし、結婚できない男性はテストステロン(男性ホルモン)の分泌が過剰となり、それが性格の凶暴化につながるという主張です。このような状況はかつてのアメリカ西部に見られました。開拓に来たのはほとんどが男性だけで、わずかな女性を争っての事件が絶えなかったようです。
現在の中国で、何かにつけて暴動が起こっていますが(反日暴動は日本ではよく報道されますが、反日だけでなく他の暴動も多いそうです)これに関わるのもほとんどが結婚できない男性だそうです。彼らを中国語では「憤青(フェンチン)」と呼ぶのですが、文字通り「怒れる若者」ということです。

韓国はかつてのような性比アンバランスが段々と無くなって来たそうです。これでこの状態が解消してきたのかという見方もあったそうなのですが、実際は「男児も生まなくなった」ということです。つまり女性が女児ばかりでなく妊娠自体をしなくなったということで、急激な出生率低下が起こっています。性比アンバランスの本当の解消とは別の方向だったようです。

このような現象の理由と言うのは、中国などの東アジアでは儒教的な「家」意識のためということは判るのですが、なぜ西アジアでもそのようなことになるのかは本書には明確には記述がありませんでした。なお、インドで起きるのは彼の地で過剰なほどの「結婚の際の持参金」という習慣があるためだそうです。同じような現象ですがいろいろと原因はあるものです。

しかし、こんなに怖ろしい事態になっているのかと改めて認識できました。日本では幸いこのような状況ではないようです。もちろん中絶手術自体は存在していますが、性別を理由としたものは少ないのでしょうか。
ここにも科学技術(手術の方法や、診断方法)の発達というものが思わぬ方向に影響を及ぼす例なのでしょう。技術自体に罪深い性質があるということなのかも知れません。