新型コロナウイルスによる感染症流行COVID-19は世界的なパンデミックとなり人類社会に大きな影響を与えました。
しかし人類はこれまでもずっと様々な感染症にさらされ続けてきており、これまでの人類の多くは感染症で死亡したものと考えられます。
そのような感染症と人類との関りについて、イギリスの呼吸器疾患と免疫学の研究者にしてNatureにコラムも書いているトレゴニング氏が様々な観点から書いていきます。
なお執筆現在の状況(2021年)からウイルスが主となるのは当然ですがそればかりに留まらず細菌や寄生虫、真菌からデマについてまで広く話題は広がっています。
また、イギリスの執筆家に多いのでしょうが、一口ワサビの効いたようなユーモアが次々と出てきて、ついニヤリとさせられてしまいます。
1928年、アレクサンダー・フレミングがカビが細菌の増殖を抑える現象を発見したいきさつは良く語られており、広く知られていることでしょう。
フレミングが置きっぱなしにした汚染されたペトリ皿に生えたカビが細菌の増殖を抑えていたことからペニシリンが発見されました。
そのカビの胞子がどこから来たか、それはどうやら研究所の向かいにあるパブ「ファウンテンズ・アビー」から飛んできたのですが、著者は「私は以前このパブで1杯飲んだことがあるのだが、(カビがこのパブから飛んで行った)のは確かなようだ」と書かれており、パブの様子を想像させられニヤリとするところです。
これは解説を書いている東大名誉教授の黒木登志夫さんも同意見のようです。
「本の読後感も爽やかである。いかにもイギリス人らしい皮肉の効いたユーモアが顔をのぞかせる」と書いています。
書かれている内容にも多数、参考になることがありました。
感染防御のシステムは人間には数多く備わっていますが、免疫というのは最終手段だということです。
免疫系の発動は体に大きなダメージを与える危険性があり、多くの非感染性疾患は人体の免疫系が暴走することで起こります。
たとえば、アレルギー、関節炎、喘息、クローン病、糖尿病、エリテマトーデス、多発性硬化症などなど。
何かのサプリメントで免疫を高めようとすることは賢明ではないし、そもそも不可能です。
テレビにあふれている「免疫力を高めよう」などというCMに騙される前に読んでおきたい部分です。
ワクチンというものはこれまでも多数つくられており、今後はより完成されたワクチンというものが感染症に対する武器となります。
しかし歴史的には1930年代終わりまでには細菌に対するワクチンはいくつも作られていたのに、ウイルスに対するワクチンは2つだけだったそうです。
これはウイルスというものが培養するのも大変であり、さらに弱毒化・無毒化するというのは非常に困難だったからです。
それがヒーラ細胞などの不死化細胞の培養技術の進歩でようやく可能となりました。
HIV感染症(エイズ)は不治の病だというイメージが強いのでしょうが、現在ではかなりの効果のある薬が開発され、完治はしないまでも薬を服用し続けることで発症を抑えられるようになってきました。
そのような薬の一つにアシクロビルというものがあります。
これは抗ウイルス薬開発に大きな業績を残したガートルード・エリオンとハワード・シェーファーが開発しました。
エリオンは1937年に大学を卒業したものの女性であるために研究職につくことができず、博士課程の奨学金の対象にもなりませんでした。
しかし運よく1944年にウェルカム社に採用されアシクロビルを含む薬剤の研究にあたり、ジョージ・ヒッチングとともに1988年のノーベル賞を受賞したそうです。
彼らはウイルスの複製メカニズムを理解したうえで標的を定めて新規薬剤を創出しました。
COVID-19感染拡大でアメリカで大きな被害が出た要因の一つがトランプの政策でした。
これには著者も非常に憤慨しており、トランプの失敗は数えきれないとしています。
脅威を軽視、中国のせいにした、株式市場を優先、感染者の多い州で集会を開いた、選挙秘書が感染したときに記者会見を開いた、消毒剤を注射したりヒドロキシクロロキンがウイルスに有効だというくだらない話をでっち上げた、ファウチの話に耳を貸さなかったなどなど。
ここからがまた著者のユーモアが炸裂します。
「彼の行った唯一の良いことは、積極的な介入をしない”比較対象群”を世界に向けて提示したことだ。これは結果的にワクチンの開発を促進した。世界の他の国にとっては素晴らしいことであるが、アメリカ国民にとってはたまったものではなかった」
なかなか面白く、ためになる本でした。