爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「皇室がなくなる日」笠原英彦著

平成天皇が「生前譲位」を行い天皇位を譲ったのですが、これは大政奉還天皇に名目上の統治権が移った明治初年以降初めてのことでした。

そのこと自体、天皇制というものに深く影響を及ぼすことなのですが、それ以上に大きな問題は男性皇族が減り続け皇位継承者がこのままでは無くなるかもしれないという危機です。

 

こういった事実について、天皇史について詳しい著者がその歴史的経緯から説き起こし現在の状況や問題点、解決策について語っています。

 

とはいえ、実際に現状の描写に入るのは本書も後半のかなり遅くになってからであり、前の方は大和朝廷時代から奈良時代、そして明治維新期の天皇制というものが大きく変動した当時のことを延々と解説しており、これが現在の「皇位継承の危機」とどう関わるのか、よく分からないものとなっています。

おそらく、書名にひかれて読み始めた人の多くは途中で嫌になったのでは。

 

それでも私はしつこく読み進めて最後まで読了いたしました。

ただし、それほど目新しい結論と言うことでは無かったようです。

 

女性皇族も天皇となることを許すのかどうか、そういった議論もかなりあったようですが、「女帝」の存在も大和時代からかなりの数があります。

しかし、そのいずれも正式な配偶者は持たず、出産もせずに傍系からの後継者の擁立を待つものでした。

女系天皇を認め、その結婚も許すとなると日本のような父系社会では配偶者の家が天皇家を乗っ取るかのような取り方をする国民が出るという危険性があるということです。

 

また、大正天皇より前の時代には側室というものが置かれそこでの出産が非常に多く、正式な皇后よりの出産よりをも実際には上回っています。

側室制というものがもはや認められる情勢ではなくなったために、それによる男子誕生の可能性も無くなりました。

こういった状況では「皇族」というところからの男子誕生が期待されるものなのですが、終戦後のGHQの指令により旧皇族と言われる伏見宮系の皇族は皇族離脱となり、昭和天皇の息子の家のみとなってしまいました。

ところがこれら皇族の家ではまったく男子誕生が見られず、その結果皇族の男子が払底しかけたわけです。

 

著者はその対策として、旧皇族皇籍復帰ではなく、旧皇族男子の女性皇族への養子を認めるのはどうかということを提唱しています。

旧皇族皇籍復帰ということを論じる人も居ますが、現在の旧皇族の若い人々はもはや生まれて以来「皇族」であったことはないので、「皇籍復帰」とは言えないということです。

皇族でなかった人間を皇族とすることは昔から認められることでは無かったということで、それはできないという立場です。

皇族への養子ということも現状ではできないのですが、そこを改正し旧皇族からの養子と言う道を開けば良いのではということでした。

 

天皇皇位継承では、「直系」かつ「嫡系」と言われていますが、実際には124代のうちそれは41名に過ぎず、残りは「傍系」「庶系」です。

ところが現在では「庶系」というのは存在できない。

となれば、皇位継承者が減っていくのは当然のことでしょう。

 

一時は沸騰したかのような皇位継承問題ですが、秋篠宮家に男子が誕生して以来すっかり忘れられたかのようです。

しかし危機的状況であるのは間違いないことで、その対策を今から準備しなければもしもの時には日本国民の統合の象徴が無くなるということで、由々しきことになりかねないというのが、著者の意見でした。

なお、著者としては「生前譲位」の方により一層危機感が強かったということですが、これもちょっとその感覚が分かりかねました。