経済学者野口悠紀雄さんの著書は何冊か読ませて頂き、また色々なところに発表された文章には目を開かされることが多いと感じています。
今回読んだ本は、「マネー」というものに関してかなり本質的なところから、現在の政策についての部分まで、何となくおかしいとは思いつつもよく分からなかった点をすっきりと説明してくれるものとなっています。
本書の副題、「支配者はなぜ『金融緩和』に魅せられるのか」によく表現されていますが、日本でも安倍政権が「異次元金融緩和」などと称して政治にあたっていたのが象徴的ですが、その裏側もよく見えるものです。
マネーというものは人類文明の歴史の非常に古い時代から現れ、それが支配者の行動に密接に関わってきました。
こういった観点から、本書では「金属貨幣の改鋳で利益を得る」「信用をマネーにする」「18世紀のイギリスとフランスでのマネーのマジック」「マネーをめぐる英仏の覇権争い」「アメリカのマネー」「金本位制度」「社会主義経済とマネー」「戦争とマネー」といった話題を次々と繰り広げてくれます。
それぞれ非常に興味深い話が次々と出てきますが、ごく一部のみ紹介します。
貨幣改鋳と言えば日本では江戸時代の大判の金含有量が有名ですが、実は世界の歴史の中で古代から現代まで、世界各国で行われてきたものです。
すでに紀元前4世紀のギリシャのシラクサ王ディオニュシオスが行っており、原始的な方法ですが、「1ドラクマ貨幣に”2”と刻印をした」というのが歴史上最初の例だそうです。
ローマ帝国でも政府の支出が増えすぎると相次いで改鋳を行い資金を捻出しようとしましたが、もちろんそれらの施策はすぐに失敗に終わりました。
16世紀イングランド王ヘンリー8世の相次ぐ戦争で逼迫した国政を継いだエリザベス女王はヘンリー8世が繰り返し実施した貨幣改鋳で生まれた粗悪な貨幣を是正しようと、財政顧問のグレシャム(法則で有名)の進言に従い貨幣の品位を高めました。
しかしその施策に対し羊毛業者から反対が起こります。
これは現代で言うと日本が円高になることと同じであり、輸出で儲けようとしている羊毛業者には不利になるということでした。
しかしエリザベスは国民全体の利益を考えて貨幣を改善することとしたのでした。
アイザック・ニュートンは物理学者として有名ですが、造幣局監事という職にも就きかなりの辣腕をふるったようです。
贋金作りを摘発したり、偽造できないような精巧な札を作ったりという業績を上げ、死ぬまでその職を続けたそうです。
さらに、錬金術にも大きな興味を持ち実験を繰り返したという証拠があります。
また、その当時の大きな事件である「南海バブル事件」でも投資をして大金を失ったそうです。
その「南海バブル事件」というのは、歴史に残るバブル事件です。
18世紀のイギリスでは豊かさがようやく民間にも広がってきたものの、投資対象というものがほとんど無く、東インド会社には499人の株主しか居ませんでした。
イギリスの大衆は投資先を求めていたとも言えます。
そこに付け込んで、大蔵卿のオックスフォード伯爵とジョン・ブラントが「南海会社」という貿易会社を使い、巧みな詐術で多くの金を集めました。
しかしよく見ればそれは永久機関を作る会社のようなものであり、あっという間に破裂してしまいました。
それと同じころ、フランスでも同様な現象が起こります。
ルイ14世の乱費でフランス国家財政は破産状態に陥っていました。
その死後、ルイ15世のもとで摂政となったオルレアン公フィリップにとってこれを何とか処理することが最大の課題となっていました。
そこにスコットランド出身のジョン・ローが現れました。
ミシシッピ会社と称するペーパーカンパニーを使い、巨額の資本金があるかのように見せかけ、その会社がフランス王室に12億リーブルもの金を貸し付けるというものです。
人々は争ってミシシッピ会社の株式を購入しました。
この構造はイギリスの南海会社と同じようなものでしたが、違いはローの会社は配当金をその会社が発行する紙幣で支払ったというものです。
なお、南海会社は事業を何もしませんでしたが、ミシシッピ会社は新しい街をミシシッピ川の河口に作りました。それが今のニューオリンズです。
ミシシッピ会社は結局は破綻してしまったのですが、実はこの構造というものは現在の「量的緩和政策」でやっていることと本質的には一緒です。
ローの紙幣は結局人々から見放されましたが、人々が紙幣をマネーだと信じている限りは成り立つことであり、現在の政府がやっていることと同じだと言えます。
ただし、ローは過度に紙幣を発行してしまった。それさえなければ長続きすることだったと言えます。
中央銀行制度というものが多くの国で実施されていますが、アメリカではちょっと違う形になっています。
FRB(アメリカ連邦準備制度)というものがそれに当たるということになっています。
その制度は一見したところ選挙によって選ばれた議員の指揮下にあるように見えますが、実際は1910年にネルソン・オルドリッジ上院議員が金融家のモルガン家やロックフェラー家などと密談を重ねて作ったものです。
そしてアメリカの金融政策を実際に決定するのはニューヨーク連邦準備銀行であり、その理事や総裁を選ぶのはロックフェラーのナショナルシティバンクとモルガンのファーストナショナルバンクとなっています。
「戦争とマネー」の章で語られているのは、いかに戦争というものが多額の資金を要するものなのか、そして戦費を工面するために多くの国で国債を乱発し、それで結局は国自体が潰れてしまったかということです。
日本は日清戦争時にはさほど支出をしないまま勝利して多額の賠償金を得るということになり、それで金本位制を確立できたという幸運を手に入れました。
しかし日露戦争では戦費も多額となってしまいます。
当時の価値で、支出が約20億円と言われ、これは政府歳入の5年分にもなるものでした。
戦争中にも戦費の不足がのしかかり、国内での調達は不可能となったために当時の日銀副総裁高橋是清がヨーロッパ中を走り回って外債調達を働きかけたのですが、まったく相手にされませんでした。
そこに貸そうという声をかけたのが、アメリカの銀行家のヤコブ・ヘンリー・シフというユダヤ人でした。
シフはアメリカのユダヤ人会の会長であり、国内のユダヤ人を迫害していたロシアを敗けさせることで救おうとしたのでした。
これで何とか戦争遂行できた日本がロシアに勝利したのですが、賠償金などは取ることができずその後の紛争へとつながります。
戦争をする国ではどこでも戦費の調達に苦労します。
最初は国民に対して増税をして搾り取るのですが、それもすぐに不可能になります。
その次には国債を発行しますが、それを国民が買ってくれている間は良いのですがそれも限度があります。
外国もそれほど多くは買ってくれません。
それでどうしたか。
中央銀行は紙幣を発行しますので、それを使って国債を購入します。
金本位制では紙幣発行の限度がありますが、金本位から離脱すればいくらでも紙幣は発行できます。
その結果として紙幣が増えすぎてインフレになるということが何度も起きています。
これがどういうことかと言うと、インフレで名目資産保有者と年金生活者の購買力を奪い、それを戦費に充てているのと同じことだということです。
このプロセスを「インフレ税」と言います。
インフレ税は正当な税徴収より過酷な負担を強いることになりますし、しかも正当な立法過程を経ることなく政府と中央銀行の恣意的な決定で実施できます。
この全く不当な財源調達法がヴァイマール共和国時代のドイツで行われました。
それはその時代のドイツだけでなく他の国々でも行われ、現代でも行われています。
それで損をするのは長年こつこつと働いて貯蓄をしてきた人たちです。
そして儲けるのは借金をして投資をした企業や金融商人たちです。
いやはや、相当に中身の濃い本でした。