爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「議院内閣制 変貌する英国モデル」高安健将著

議院が支持する者を内閣とする議院内閣制は、イギリスでは長い歴史の中で形作られてきました。

イギリスは「議院内閣制」であるという前に、「議会主権の国」であるという必要がああります。

 

日本では憲法上、主権者はあくまでも国民であり、国民によって選挙された国会が「国権の最高機関」と位置付けられています。

しかし、イギリスではそこが少し異なります。

国会議員は国民が選びますが、主権を持つのはあくまでも議会であるということになっています。

これには、イギリスの長い政治史が関わっています。

チューダー朝ヘンリー8世絶対王政を確立しますが、その時にはすでに議会の原型ができていました。

それ以来、国王と議会とは対立しながら勢力を争っていきます。

 

名誉革命を受け、その翌年の1689年には権利章典を宣言し、ようやく議会が国王に対して優位に立つことになりました。

しかし、その時でもまだ政府(内閣)は国王の従者でした。

それも徐々に議会の支持が首相(当時の正式名称は第一大蔵卿)に必要になっていくようになります。

 

議会も当初は貴族院庶民院(下院ですが、この本ではこの名称を使っています)とが同等以上であったものが、徐々に貴族院の権力は制限され20世紀初頭になり完全に庶民院が圧倒するようになります。

その結果、庶民院が支持する指導者を内閣首相に国王が指名するということになり、議院内閣制となるわけです。

 

しかしそのころの政治勢力では保守党と自由党が二大政党であり、まだ労働者は組織化された政党を持っていませんでした。

彼らが台頭するまでは中流以上の人々が支持する議会が「政治エリート」と呼ばれる人々に政府を任せるというのが「議院内閣制」でした。

その人々は国民に対して責任を負っているようには振る舞わず議院に支持されれば良いという立場でした。

そのような政治エリートを議会を通して国民が信頼するのが基本でした。

 

第二次大戦後には労働党が勢力を増し、保守党と二大政党体制を築くことになり、自由党は没落します。

そして、保守党の内閣でもこれまでとは異なる政策が取られるようになります。

ただし、首相への集権化というものが進められたようでもありますが、議会と政府とは必ずしも一致しない部分もあります。

政権党の議院であっても、政府の提出した議案に反対する議員が出ることがあり、完全な統率は取れていません。

政権党の議員であっても、一番の関心事は政府が政策を誤らず、次の選挙でも当選できることであるため、間違えたと感じた場合は反対するという姿勢であるためです。

 

しかし、議院内閣制の重要な性質である「二大政党制により政権交代を容易にする」という点は、すでにイギリスでは崩れてしまっています。

1955年の総選挙で、保守党と労働党の両者の得票率を合わせると、相対で96%でした。

そのため、このどちらか強い党が過半数議席を獲得できるのは自明でした。

しかし、その後第三勢力と言うべき政党が支持を集めるようになります。

自民党、英国独立党、緑の党スコットランド国民党、ブライド・カムリの各党で、これらが票を集めるようになりました。

2000年代以降では、相対得票率でも保守・労働の大政党で30%台と言うことになり、過半数には遠く及ばないことになりました。

この状態では、選挙で勝つか負けるかで政権が決まるのではなく、選挙後の連立交渉で決まることになります。

もはやとても二大政党による政権交代などと言えるものではなくなりました。

 

そのためかどうか、元々なのかもしれませんが、イギリス政府の決定は失敗ばかりと批判されています。

政治を研究してきたアンソニー・キングとアイヴァー・クルーが2013年に著した著作にはその失敗として、人頭税個人年金制度、子ども援助局設置、ERMからの離脱、ミレニアム・ドーム建設、等々多くの政策が挙げられています。

これらの失敗を引き起こしたのは、次のようなこのシステムの失敗からだとしています。

1中心の不在、2大臣や官僚の早すぎる交代、3大臣の積極主義、4説明責任の欠如、5周辺化された議会、6政府と業者などのサービス供給の担い手の間の専門知識の非対称性、7熟議の不足

 

 

このようなイギリスの議院内閣制ですが、日本ではしばしば理想化されそれを目指してきました。

1994年の政治改革はそれが主題であったのです。

そこで中選挙区制から小選挙区比例代表並立制に変更、政党交付金を支給、政治家個人への献金は制限というように変わりました。

これで自民党は総裁への集権化が進みました。

小泉や安倍への権力集中は激しいものとなりました。

ただし、「選挙に勝てない総裁」は権力を持ち続けることはできずに排除されました。

一方、野党では総裁や党首への集中が全く起こらず、かえってバラバラになってしまいます。

まだまだ多くの制度改革が必要なようです。

 

イギリスの政治史から、議院内閣制を考え直すというのは、非常に優れた方法でしょう。

ただし、どうしても日本の政治制度との比較から、日本をどうやって変えていこうかという方向に考えが進んでしまいますが、その妙案はさすがに本書の範囲外ということでしょうか。

自ら一所懸命考えなければならないのでしょう。

 

議院内閣制―変貌する英国モデル (中公新書)

議院内閣制―変貌する英国モデル (中公新書)

  • 作者:高安 健将
  • 発売日: 2018/01/19
  • メディア: 新書