爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「目的に合わない進化 上」アダム・ハート著

人も動物としての進化を重ね現在の状況になっているのですが、ここ1万年あまりの急激な社会の変化でせっかく進化で取得した形質が役に立たなくなっているようです。

 

こういった趣旨の本はこれまでにも読みましたが、この本も昆虫学者にして一般向けの生物に関する解説も数多く出している著者が昨今の最新の研究状況なども交えて取り上げています。

 

上下2巻ですが、この上巻では、脂肪蓄積、乳糖不耐症、体内の共棲細菌、ストレスといった話題について豊富な実例とそれに関する生物学的知識を絡めて語っています。

 

多くの地域で肥満者の急増というのは大きな社会問題ともなっています。

こういった傾向はごく最近になって表れてきており、高カロリー食物がふんだんに供給されるようになって起きました。

ただし、個人によってその程度は異なるだけでなく、地域、人種によってもかなりの差があります。

世界の肥満傾向を見ると、その上位を太平洋島しょ国が占めているのが特徴的です。

それに続いて、アメリカ、アラブ諸国といったところが続きます。

一方、肥満率が非常に低いのはエチオピアエリトリア、ネパールといった貧困国が並ぶのですが、そのすぐ上に日本が位置するのも興味深いところです。

 

このように肥満状態に陥る理由として、「倹約遺伝子仮説」というものがあります。

飢餓状態が続くような食物環境では、エネルギーを節約できるような遺伝形質の人の生存率が高く、そういった人々の子孫が多くなったため、いったん食物供給が過多となると肥満しやすいというものです。

しかし、色々な証拠を調べていくとどうやらその仮説は成り立たないということになってきました。

それに代わる仮説もいくつか提唱されていますが、まだ確固たるものはないようです。

なお、色々な仮説に基づいた「ダイエット理論」なるものもありますが、これも有効なものとは言えないようです。

 

不耐症というものがあり、牛乳を飲むと下痢をする乳糖不耐症や、小麦粉でアレルギー的症状を呈するグルテン不耐症というものが知られています。

農業が始まり穀物で栄養を摂るようになって以降、人類には「カルシウム不足」という栄養問題が生じました。

カルシウムが不足すると骨格の成長や維持に悪影響が出ますが、現在でも多くの地域でその傾向が強いばかりでなく、歴史上の人骨の化石などを見てもそれがはっきりと表れていることが多いようです。

しかし、カルシウムを多く摂取している地域というところがあり、それは中央アジアからヨーロッパにかけてのところです。

そこではミルクや乳製品が多量に摂取されています。

こういった食生活は約7500年前に中央アジアで始まりました。

そこでは人類史上初めて「他の哺乳類のミルク」を飲み始めました。

哺乳類ではいずれの種でも生まれてしばらくは母親の乳を飲むことで栄養をとります。

しかし多くの哺乳類では成長し大人の食生活に移行するともはやミルクは飲みません。

これは嗜好として飲まないのではなく、ラクターゼという乳糖分解酵素の分泌がなくなるからです。

ほぼ唯一、人間だけが大人になってもラクターゼを分泌するようになり、乳製品の摂取が可能となりました。

とは言え、人間すべてではありません。

ヨーロッパ北西部ではこのようなラクターゼ活性持続症の人々の割合が非常に高いのですが、ヨーロッパでも南部では少なくなります。

アラブや中央アジアでも高いのですが、アフリカや東アジアの住民ではかなり少なくなります。

どうやらそういった人々の共通の祖先にラクターゼが大人になっても分泌するような遺伝変異が生じ、それが酪農を農業の中心に据えるような産業を可能とし、広がっていったようです。

(なお、牛乳を飲むと腹を壊す人を”乳糖不耐症”と呼ぶことが多いのですが、こちらが遺伝的には基本形質であり、ラクターゼを大人になっても分泌するような人の方が変異型であるとして”ラクターゼ活性持続症”と表現しています)

 

大腸などに存在する腸内細菌群と人間の関係というのは、まだまだ研究が始まったばかりと言える状況で、分からないことが多いようです。

腸内細菌も個人による大きな差が存在するのですが、地域によっても差があるのは食生活の影響が強いからかもしれません。

日本人のみに存在するのがポリフィラナーゼという、多糖類分解酵素を産生するバクテリアで、バクテロイデス・プレビウスという細菌が作り出しますが、この細菌の酵素は海草を分解するのに役立つそうです。

海草を大量に摂取するのは日本人に特有の現象ですので、腸内にもそれに向いた細菌が暮らすようになったということでしょう。

他にも各地の人々の腸内細菌を調べていくと、アマゾンやマラウイ共和国の人々の腸内ではフィルミクテス門の菌が多いのに対し、アメリカ合衆国の住民ではバクテロイデス門の菌が多いと言った特徴がみられるそうです。

このような菌種の違いは食べる食物の違いによって生じるのでしょうが、人々の罹りやすい疾病とも関連してくるということが徐々に分かってきています。

やがて、もう少しその関連性が証明されるようになれば腸内細菌の種類を変えるといった操作が医療に取り入れられる可能性もあります。

 

なかなか興味深い話題が多く取り上げられていました。