国立医薬品食品衛生研究所で、安全情報部長という要職にある畝山さんは、ながらく「食品安全情報ブログ」というサイトで食品安全情報を発信し続けておられます。
著書も何冊か出され、これまでも読んだ感想を何回か書いています。
今回は、畝山さんの最新刊で2020年6月の出版です。
書名は「食品添加物」となっていますが、それだけに限るわけではなく広い範囲で食品の安全についての問題を取り上げています。
なお、前著と比べると化学物質の化合物名などは少なくしているようにも感じますが、やはりある程度は出てくるのは話題の正確性を維持するためには仕方のないことでしょうか。
それで読み進めることが難しい人があまり出ないことを祈ります。
本書で取り上げられている話題は、「食品添加物論争」「減塩と超加工食品」「オーガニックの罠」「北欧食」「食品表示と偽装」「プロバイオティクスの栄枯盛衰」などとなっています。
最初の話題のところでは、「無添くら寿司」を運営する企業が、ネットで批判的な書き込みをした人物の個人情報開示を求めた裁判で、東京地裁がその訴えを棄却したということが取り上げられています。
無添くら寿司の広告に「何が無添か書かれていない」というごく正当な批判をした人物の個人情報を求めるという、企業姿勢が問われる裁判だったのですが、裁判所はくら寿司の訴えを認めませんでした。
この裁判だけでなく、この企業は企業理念として「食の戦前回帰」などという主張をしており、食品添加物がなければ安心といった姿勢のようです。
当然ながら、畝山さんもこの企業理念から始まって食品添加物だけを悪者視する世間を批判していきます。
私もこの無添くら寿司の姿勢には非常に疑問を持っていますので、興味あります。
食品添加物批判を繰り返す人々は、その立場上やっている場合も多いのですが、それ以外に教育現場でもそれを科学的裏付けなしに広めている人がいるようです。
教科書にはあからさまな間違いは書けませんが、副読本の中にはひどいものがあり、食品添加物の有害性などといった事実無根の内容を書いているものがあり、教員の中にもそれを信じて子供に教えてしまう場合があるそうです。
このような子供は大人になってもその記憶が残ってしまうのでしょう。
逆に、食品添加物は厳重な検査を経て承認されているので、だから安心とばかりに使い放題にしてしまう場合もあります。
グアーガムという増粘安定剤は世界中で食品添加物として使用されているのですが、その使用基準もしっかりと決められています。
しかし、1980年代にグアーガムだけを主成分とした錠剤が発売され、痩せる効果を宣伝されて売れました。
ところがそれを大量に飲んだ人が死亡するという事故が起きました。
腸内で水を吸って膨れ上がり消化管が完全に閉塞したせいです。
食品添加物としてのグアーガムは、その使用法も決められておりこのように大量に一度に摂取することは考えられていませんでした。
このような事例は日本でも頻発しています。
食品添加物として使用する場合は、基準もありますし何よりおかしな使い方をするとその食品の味や形がおかしくなるなどの害が出るためできませんが、「健康食品」には考えられないくらいに大量に含まれる例があります。
いくら「食品添加物として大丈夫」であっても使用法がおかしければ危険になるかもしれません。
2017年にヨーロッパで「オーガニック卵」から食品に使用できない動物用医薬品のフィブロニルが検出されたということがありましたい。
複数の養鶏場で禁止薬剤を使われていたということも明らかになりました。
「オーガニック卵」なるものは、日本ではほとんど話題にもならないのでこのニュースもあまり取り上げられませんでした。
日本ではオーガニック農産物、つまり有機農産物も少ないのですが、それ以上に有機畜産物はほとんど見られません。
オーガニック卵の規格は非常に厳しく、餌は有機農産物に限られしかも化学処理や放射線処理はできない。
さらに、鶏を飼う環境には殺虫剤や除草剤を使うこともできず、しかも鶏がある程度自由に動き回れることという、こんなことできるのかという規格になっています。
こういった規格は、完全に守ったとしてもかえって卵の食品としての安全性は損なう危険性があります。
鶏は地上の土や砂も食べますが、その中にはダイオキシンなどの汚染物質が含まれている危険性が多いものです。
これらは、ケージ飼いの養鶏場では入る恐れがないものであり、オーガニック特有の問題点です。
「地中海食」が健康的であるということは前から言われていましたが、最近は「北欧食」が注目されているようです。
北欧食とは、植物性のものを多く含み、魚や野生動物、キノコや乳製品をたくさん食べます。
油はオリーブオイルではなくキャノーラ油を多く使います。
もともと、北欧は脂肪の摂取量が非常に高く心血管系疾患による死亡率が高かったのですが、それをかなり人為的に修正しようとして北欧食なるものを推進してきました。
そのため、学術論文も最近は非常に増加しています。
これを「日本食」と比べるとその勢いには大差があります。
(なお、日本では「和食」として推進されることが多いのですが、そちらでもほとんど学術論文は出ていません)
畝山さんの前著「ほんとうの食の安全を考える」でも取り上げられた、乳酸菌などのプロバイオティクスについての情勢ですが、本著になっても国際的にはさらに劣勢となっているようです。
当時も、「善玉菌・悪玉菌とは何か」「腸内の微生物叢を整えるとは何か」といった基本的な定義ができていないとして、ヨーロッパの欧州食品安全機関(EFSA)では認めていないとされていました。
今回まででもさらにプロバイオティクスに対する逆風は強まっているようです。
プロバイオティクスも、ヨーグルトを食べているだけではそれほど害もでませんでしたが、最近は大量の微生物を錠剤やカプセルにして臨床試験をするということが増えたため、かえって有害事例が出るようになりました。
オランダで、急性膵炎合併症の予防治療のためにプロバイオティクス投与をした実験では死亡率が高くなる例が見られました。
さらにアメリカでは乳児用のプロバイオティクスサプリメントで死亡例も出ています。
抗生物質服用で、腸内細菌のバランスが崩れてしまうということは昔からよく知られていますが、その回復のためにはプロバイオティクス投与はかえって邪魔しているという研究結果も出ています。
乳酸菌はもともと人間の腸内で優勢なものではないため、腸をただ通り過ぎるだけに過ぎず、それを大量に投与するとバランスがかえって崩れるのだとか。
このような研究の進展には「マイクロバイオーム」研究が一気に進んだことが関係します。
マイクロバイオームとは、腸内の細菌叢全体を遺伝子解析し、そこにどのような細菌が居るのかを調べてしまうという技術で、以前では考えられなかった結果が高速で得られるというものです。
現在はまだその研究を世界中で始めたばかりで、まだ統一的な見解も得られていませんが、徐々に腸内細菌の様子も分かってくるでしょう。
日本では、このプロバイオティクス、特に乳酸菌が注目され、企業や大学などもよってたかって研究を進めてきました。
これで特定保健用食品の始まりとも言えるヤクルトが先陣を切り、多くの企業が後に続いています。
最近ではさらにハードルを下げる「機能性表示食品」まで登場しています。
畝山さんが一番危惧しているのは、このようなレベルの低い対象を研究しなければならない若手研究者の科学レベル自体が落ちてしまうのではないかということです。
本来なら、マイクロバイオーム研究を精力的に進めていくべき研究者たちが、「これはトクホになるか機能性食品になるか」などといったことをしなければならないというのはもったいないという以前に危険な状況とも言えます。
食品関係の研究最前線、どういうことが起きているのか良く分りました。