ウイルス病の一種、新型コロナウイルス肺炎のせいで世界中が大変なことになっていますが、「ウイルス」というものを知っているという人は少ないのではないのでしょうか。
今さら「ウイルス学」を勉強したところで現在のウイルス肺炎禍に対処する仕方が変わるわけではないのですが、まあ知らないより知っている方が少し気が楽かも。
というわけで、ウイルス学者で巨大ウイルスの一種「トーキョーウイルス」の発見者でもある武村さんのウイルスに関する著書を読んでみました。
一線の研究者ですが、その語り口は分かり易く素人の疑問を持ちやすい箇所も的確に説明をされているようです。
ただし、ところどころには専門用語が出てくるのは仕方のないことで、これに過剰反応せずに読み進めることができれば、結構楽しく読めるかもしれません。
ただし、「読んだからと言ってコロナ対策にはなりません」ともう一度強調しておきます。
ウイルスと言うと病気のもとで怖い存在だという観念が、昨今はさらに人々を捉えているのでしょうが、実は多くのウイルスの中で病原性を持つものと言うのはごく一部に過ぎません。
ほとんどのウイルスは他の生物の細胞を借りてそこで増殖しまた外界に戻っていき、その生物にはなんの悪影響も及ぼさないもののようです。
それがなぜ病原性ばかりが知られているのか。
これは、これまでの研究の方向性が、「病気の原因」を突き止めてその対策を取るということに限られていたためで、それ以外の「何もしないように見えるウイルス」などは研究の対象外だったためです。
そのため、インフルエンザやエイズ、エボラ出血熱、天然痘など、(そしてコロナウイルス)恐ろしい病気の原因ウイルスのみがウイルスであるかのような概念が作られてきました。
ところが、「それ以外」のウイルスを研究する人が出るようになり、その概念は大きく変えざるを得ないということが分かってきました。
これまでのウイルスの概念は氷山の一角を見ていただけにすぎません。
それ以外の多くのウイルスが知られてくるようになり、興味深い事実が次々と明らかになってきつつあります。
「生物とはなにか」という問いに対しては「膜(細胞膜)で仕切られ、代謝を行い、自己複製をする」という三つの定義を満たすものと言うのが答えになっています。
しかし、ウイルスはこの仕組みを持っていません。
細胞を持たず、代謝を行わず、自力で複製することができません。
ウイルスは「生物」と「物質」の中間的な存在と言えます。
それはほぼ遺伝子(DNA,またはRNA)のみでできていて、結晶化することもできます。
そのような物質であるため、通常の殺菌剤は効果が無い場合が多いようです。
抗生物質は細菌の細胞壁に作用して殺菌するため、細胞壁のないウイルスには効果がありません。
次亜塩素酸ソーダもタンパク質を変性させて殺菌しますので、ノロウイルスのようにカプシド(殻)にタンパク質を含むものには効きます。
またアルコールは脂質を溶かして殺菌しますので、カプシドを脂質で覆ったエンベロープウイルスという種類のウイルスには効果があるものの、それを持たないウイルスには効果がありません。
さらに、高温殺菌も120度の高温ならば遺伝子自体が壊れるのでウイルスも殺菌されますが、65度程度の低温殺菌(牛乳で用いる)ではウイルスの構造を壊すことはできません。
ウイルスが宿主の生物の細胞に入り込み何をしているのか。
それは遺伝子の増殖です。
遺伝子を増殖させるためには様々な酵素の働きが必要となりますが、ウイルスの遺伝子にはその部分は含まれていません。
それを宿主の細胞のものを使って自分の遺伝子を増殖させているのです。
そのため、宿主細胞の中で一つのウイルスが何十万にも増えることができるのです。
増えたウイルスが細胞から飛び出す時、細胞を壊してしまいその結果その生物を殺してしまうことがあります。
このようなウイルスは病原性があるのですが、実はそのようなウイルスはごく少数で、ほとんどのウイルスは平和的に?増殖させたウイルスを吐き出させて生物に影響を与えないようです。
そのため、ウイルスが感染したのかどうか分からないのがほとんどです。
ウイルスの概念が変わるような研究の進展が見られたのは、ごく最近になってからです。
「巨大ウイルス」というグループのウイルスが見つかったのが1992年でした。
「巨大」といっても目で見えるほど大きいわけではありませんが、小型の細菌ほどの大きさがあり、ほかのウイルスと比べるとはるかに大きなものです。
これらの巨大ウイルスを研究していくと、これまでの生物観が変わるような発見が次々と登場しました。
ウイルスと他の生物はどちらが先に登場したか。
これはこれまでの常識では「ウイルスがあと」でした。
生きていくための酵素を何も持たず、他の生物に頼ってしまうウイルスが先に出現したはずがないということです。
しかし、巨大ウイルスを研究していくと、中にはいろいろな遺伝子を備えているものもありました。
つまり、巨大ウイルスは一つの生物であったのかもしれないのです。
それでも他の生物に侵入して増殖することからウイルスであることは間違いありません。
もしかしたら、かつては完全な生物であったものが徐々に要らないものを脱ぎ捨てて進化していたのがウイルスなのかもしれないということです。
巨大ウイルスの遺伝子を調べていくと、真核生物と共通の部分がかなり含まれています。
どうやら、ウイルスが侵入し生物の細胞内で増殖する際にその遺伝子の一部を宿主細胞に残していったということがあるようです。
哺乳類の持つ「胎盤」、その形成にはシンチシン遺伝子というものが必要なのですが、これはウイルス由来の遺伝子であったようです。
もちろん、ウイルスではその遺伝子は別の使い方がされており、エンベロープのタンパク質を合成する遺伝子だったのですが、それが感染して組み込まれた生物で胎盤形成に使われるようになったのです。
さらに、まだ武村さんのみが主張する仮説なのですが、「巨大ウイルスが生物の細胞核を作った」と考えています。
原核生物は細胞核を持たないのですが、真核生物はそれを持っています。
その成立には、細胞膜が細胞の内側に入り込みDNAを取り巻いたということが起きたのですが、それが巨大ウイルスの遺伝子を使ったという説です。
この説の真偽はまだ分かりませんが、他にも色々な例があり、ウイルスと生物がともに影響し合いながら進化してきたということなのでしょう。
すっかり嫌われ者になったウイルスですが、その実態はまったく違うもののようです。